いつか夏、峰雲の君

 百里にも届こうかという長い長い道のりを、僕はただ揺られ続ける。


 人もまばらな夜行バス。その窓ガラスを眺めるうちに、不思議と僕の心は落ち着きを取り戻していった。


 夏希が死んだ、それがきっと嘘ではないことは理解している。だがそれでも、僕の精神は平常を保っているのだ。


 人は限りなく理不尽でどうしようもない事実を前にすると、理解するのを止めてしまうらしい。

 確かにそうだ、だれも明日に核戦争が起きるとは思わない。明後日に阿蘇山が爆発するなんて考えもしない。


 考えても困ることなんて、考えない方がいい。それは人に供えられた、正常な防衛機制なのだから。


 結局思考を止めたまま、僕は今日が昇る姿を見送った。


 やがてたどり着いた摩天楼はただ無慈悲なまでに暑いのだ。


 何も見えない、感じない。まるでフラフープが踊るように、そこにある全てが僕の心を素通りしていく。


 ただ一つ、肺を焼くような暑さだけが……


  どれくらい歩いただろうか? エレベーターのベルの音、それが僕をそこに引きずり下ろしたのだ。


 四面を白に囲まれた、無機質な世界。そこに漂うは、鼻を突く消毒液の臭い。


 ドアが開いた瞬間、心臓がはち切れんばかりに鼓動を強め、それに耐えられず僕は走り出した。


その瞬間の事を、僕は今でも忘れない。僕は夏希を見つけるより早く、彼女の両親でそれを判断してしまった。

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