いつか夏、峰雲の君
青春
出会いは春風のように優しく、それでいて突然なのだ。
僕と彼女の場合もそう。その日は六年生になった最初の一日で、踏むたびに軋む古びた木造校舎が、またいつもより小さく見えた。
教室に座る七人は、生まれた時からの幼なじみ。
僕たちは早速学習机を散らかして、今年の担任は誰かと想像を巡らしていた。
この雲母村に学校は一つしかない。だから日差山小中学校と長々とした名前で呼ばずとも、単に学校の一言で全てが通じた。
全校生徒72人、教員18人。毎年廃校になると心配されていたが、何だかんだ皆の努力で細々と続いている。
やがて黒板の上のスピーカーから、ノイズ混じりのチャイムが響く。
それに一秒の誤差もなく扉を開けたのは、雷の様に厳しいことで有名な釜倉先生だった。
「えーっ」と皆が落胆の声をあげたことに、早速お叱りの釜倉先生。
一番声の大きかった勝平くんが、一言喝を入れられる。けどそんな日常は些細なことなのだ。
「今日はみんなに新しい仲間を紹介します!」
旋風——先生のその一言と共に入ってきたのは、車いすに押された少女。
三秒で決まる第一印象、僕の場合まるでおとぎ話のかぐや姫の様だと思った。
触れてしまえば砕けてしまう、アメ細工の様に細い体。
その肌はシルクの様に透き通り、黒く輝くその長髪は、まるで磨かれた黒曜石だ——
皆が言葉を失っていた。
それは決して彼女が美しいからではない。多分その感情は警戒という言葉に近いのだろう。
彼女はあまりにも、この村では届かない所にいたから……
「東京から来ました、出雲夏希です。これからよろしくお願いします」
彼女は車いすから立つことなく名乗る。
東京……その言葉に、僕の疑問が一つほどけていくのを感じた。
なるほど東京、東京なら彼女のような可愛い女の子も少なくないのだろうか?
「……よし、藤山くん! 今日から車いす係やってくれるか?」
疑問符が頭に浮かぶ。僕は釜倉先生が何を言っているのか分からなかった。
いや、文脈は分かる。車いす係というのは彼女の車いすを押す仕事をするのだ、きっと。
だが解せないのは、なぜ僕なのだということだ。車いすを押すのなら、それこそさっき怒られた勝平くんでもいいはずだ。
その事を釜倉先生に聞くと——
「いや、すまん! 藤山くん、クラスで一番運動が得意だからなぁ。……頼まれてくれ!」
と、すでに決まっていた事らしい。
その変わりにクラスでは他の係には任命しないと約束してくれたので、僕は仕方なく席を立ち彼女の車いすに手を添えた。
「ごめんね、えっと……」
「トウゴ。藤の山を登る吾、縮めて藤山登吾。覚えやすいでしょ?」
「おぉ、確かに……」
乳母車を押すようにゆっくりと力を込めると、車いすは理科の教科書通りにあっさりと動く。
僕は驚いた、あまりにも車いすが軽いのだ。
まるで紙か風船か、それこそ雲でも乗せているかの様に、タイヤは腐りかけた床板を軋ませることすらなくカラカラと音をたてるのだ。
「——これからよろしくね、登吾くん!」