いつか夏、峰雲の君
青春——青い春。
当時の僕は、その日から始まる春一番の様に暖かくも騒がしい毎日を青春だとは知らなかった。
ただ間違いなく知っていたのは、吹き抜けるような青空が広がる僕の世界に彼女は現れたということ。
それは春風にのって海を渡るアマサギの様に、彼女は導かれるままこの雲母村にたどり着いたのだ。
青天を飛ぶたった一匹の渡り鳥。それが落とした小さな白い一枚羽は、僕の心にはらりと舞い落ち沈んでいく……。
やがて溶けだしたその白が僕の心にゆっくりと、だが間違いなくその心を染め上げていった——
舞い落ちた羽の名前も知らずに、季節は過ぎていく。
春の空に浮かんでいた小さな小さなおぼろ雲は日を追うごとに厚みを増し、六月には青田へと恵みをもたらすのだ。
そして月は廻り、来たるべき夏へと……