いつか夏、峰雲の君
夏希の足になる、それが車いす係の唯一にして最大の仕事である。
彼女は見ての通り体が弱く、一人で長時間立つことも難しい。
車いすに縛り付けられている……とまではいかないが、そこから見える景色が彼女の全てなのだ。
彼女の両親は今も東京で働いていて、祖母である雲婆も古希が近い。
舗装されていない村のでこぼこ道は、線路に敷かれたバラストみたいだと彼女は嘆いていた。
毎日僕は誰よりも早く起き上がり、彼女の家に走る。僕が遅れたら、彼女も遅刻になるのだ。
最初の一週間は、正直面倒くさかった。僕と彼女、お互い気まずくて会話もほとんど続かなくて……。
そんな僕を見かねて、大人達は裏でこっそりと根を回す。
ある朝僕を待っていたのは、鮎と味噌汁と塩むすび。そこに並べられた朝食は、三人分だった。
ほかほかのご飯に困る僕に「人より動いているのだから、人より食べろ」と年寄りは笑う。
雲ばぁの手料理。僕はその時初めて、お米の美味しさを知ったのだ。
夏休みになり、二回目の朝食は無くなった。
その代わりにと言ってはなんだが、昼御飯は雲ばぁに作ってもらっている。夏希の散歩を終える時間が、丁度昼飯時だから——
「今日はそうめんだから、うんと汗をかいて帰っておいで。その方が美味しく食べれるからね」