だから私は、今日も猫を被る。
ひとしきり笑ったあと、
「七海のためだよ」
そんな言葉が聞こえて面食らった私は、え、と声をもらす。
「だから七海のためだって」
「……えっ?」
どこからともなくやってくる風をわずかに背中で感じながら、意識は全てあお先輩に注がれる。
「教室、いずらいだろ」
綺麗な唇から解き放たれた言葉に、ピースが吸い寄せられるように集まるとカチッと音をたててはまる。
「…あ、それで」
思わず声をもらすと、
「もしかして忘れてたの?」
「いえ、忘れてたわけじゃないですけど…」
教室を出るまですごく苦しかったはずなのにな、と記憶を手繰り寄せていると、
「まあ、七海が気にしてないならいいよ」
と言って、先輩はパンを食べるのを再開した。
あお先輩ってなんか不思議だ。
凛とした雰囲気を感じるけれど、話せば意外と笑うところとか、意地悪言う感じに見えないのに今みたいにちょっとしたいたずらするところとか。
それでいて優しくて気遣ってくれるところとか先輩の雰囲気に飲み込まれる。
「…ありがとう、ございます」
小さな声でそう言うと、
「なんのこと」
知らないフリをするあお先輩。
その気遣いが無性に泣きたくなった。
SNSであお先輩とやりとりをしているときは顔も声も分からなかったけど、今隣に座っている先輩は、顔も声も見えるし聞こえる。
同じ時間を共有していた。
私は静かに瞬きをしたあと、お弁当を食べる。
チラッと隣を見れば、黙々とパンを食べる先輩。
ふいに、お箸を止めて。
「……あお先輩、お昼それだけですか?」
「そうだけど、なんで?」
「あ、いえ。いつもパンなのか気になったので…」
すると、あー、と気まずそうに声をあげて考えたあと、
「まぁ大体がパンかな」
言いながら、二つ目のパンの袋をパリッと開ける。