だから私は、今日も猫を被る。
「それ、七海が作ってるの?」
「え? …あ、いえ。さな…──お、お母さんが作ってくれて」
クセで早苗さん、と言いかけたところをお母さんに切り替える。
あお先輩に怪しまれなかったかな、と不安になりどきどきと鼓動が鳴る。
ふうん、と相槌を打つと、
「いいお母さんだな」
と先輩の薄く開かれた唇から解き放たれた罪のない言葉。
“いいお母さん”
それは、早苗さんのことを指した言葉だ。
もちろん早苗さんはとても優しくていい人だ。
けれど私にとってのお母さんは今も、そしてずっと昔から、亡くなってしまったお母さん、ただ一人だ。
「七海?」
あお先輩の声が耳に入り込み、意識をこちらへ戻した私は。
「え、あっ……そー、ですよね!」
言葉を取り繕ったのだ。
けれど、私の心の中にあお先輩の言葉がくっきりと、しっかりと足跡を残した。
「いい、お母さん…ですよね」
まるで自分に言い聞かせるように。
「うん。それに、おいしいごはんが毎日食べられるっていいよね」
羨むような色が言葉にのった。
私の胸はチクリと痛む。
「そう、ですよね。おいしいご飯食べられて、私も幸せです」
笑って言葉を言ったけれど、私の口からもれた言葉は、嘘が半分混ざっていた。
けれど、その感情を悟られないように無理に笑ってみせる。
だって絶対にあお先輩には知られたくなかったから。私の胸の内を。
こんな醜い感情知られてしまったら、きっと嫌われちゃう。
だから私は、笑うしかない。
いい子を演じるしかなかったんだ──。