だから私は、今日も猫を被る。
私は、いい子だ。
私はお姉ちゃんだ。
だから我慢しなくちゃいけない。
美織ちゃんのためにもいいお姉ちゃんでいなければならない。
だから私は、のどまで出かかっている“返して”の言葉を飲み込んで、心の奥底で厳重に鍵をする。
「…ごちそうさま」
静かに合わせた手のひらは、わずかに震えているようだった。
「七海ちゃんもういいの? まだおかわりあるわよ?」
「…うん、でももうお腹いっぱいだから」
お腹をさすりながら笑ってみせると、そう、と眉尻を下げた。
やめてよ、そんな顔しないで……。まるで私が悪者みたいじゃん。心の中の私が毒を吐き始める。
「なんだ、七海。もう部屋戻るのか?」
「うん。まだ宿題残ってるから」
椅子から立ち上がると、食べ終えた食器をキッチンへと運ぶ。
「まだ時間も早いんだしこのあと一緒に遊ばないか?」
リビングの方から、お父さんの声がするけれど、私は静かに首を横に振った。
「なみちゃんもーいくの?」
「…うん、ごめんね。宿題があるの」
「しゅくだい?」
言葉の意味を理解できずに首を傾げる美織ちゃんに、
「お姉ちゃんの邪魔しちゃダメよ」
と早苗さんが横から口を挟むと、はーい! と聞き分けの良い子のように真っ直ぐピンッと手をあげた美織ちゃん。
美織ちゃんの左手には確かに私があげたブレスレットが輝いていた。
私の心でゆらゆら蠢(うごめ)く感情に、歯を食いしばって拳を握りしめて耐える。
ここで爆発されたら今まで築き上げてきたものが全て水の泡になる。
ダメだ、我慢しなきゃ……。
「じゃあ私行くね」
リビングと廊下を隔てるドアから抜け出して、パタンッと閉まった扉。
その瞬間、いい子の仮面が剥がれると、私の顔から笑顔が消えた。