毱花、慎一、洸介、亜依
話し合い2
話し合い2


慎一と毱花は、彼女の兄の洸介と兄の彼女の亜依さんを置いてティールームを出た。2人でとりあえずロビーの椅子に座った。

一流ホテルのロビーは、重厚な絨毯と高い天井を、煌めく大きなシャンデリアが暖かい光の色で照らしている。
外の大自然に生えているような木の鉢と、大きな生花と、広い空間が広がっていた。
吹き抜けの階の向こうには、さっきまでいたティールームが静かにゆったりと広がり、室内なのに小川が流れている。

「驚いて、息もできないかと思った」
「えっ?」

と毱花が驚いたように顔を上げた。

慎一は笑ってるのか何なのか。強張ったままの顔に張り付いたような笑顔を浮かべた。

「ちょっと前から、毱花の携帯でやりとりしてたよね」
「お兄ちゃんのこと?お母さん達がゴタゴタしてたから、そういえば何回もやりとりしてた⋯⋯ 」

兄の名前。
洸介。

「知らない男の名前で、何回も、そして今日。部屋に入って出てこない」
「ごめ⋯⋯ 」
「辛かった」

と、絞り出すような声で慎一が言った。
毱花は慎一を見た。

「なのに私、お兄ちゃんの彼女と立ってる慎くんを見て、誤解して泣きそうになったんだね。ごめんなさい。兄だからって。何も考えてなかった」
「わかってる」

何の罪悪感もないから、逆にそうだったんだろう、と慎一は分かっていた。
知っていた。
毱花がそんな子だって。
でも、今日の姿は一生忘れられそうもない。

「戸籍や名前がかわるなら、一回にする?」

と慎一はロビーの高い天井を見上げながら言った。
それから、横に座る毱花を見た。
エレベーターの前で、絶望的な気持ちで待っていた時、兄と寄り添っていた毱花の姿。
見えないだけで、深い刃物の傷のように心を抉った。
こんなに傷つける事ができるんだと思った。
人の心を、気持ちを。

慎一はそっと被さるように毱花にキスした。

付き合った時、彼女はキスも初めてだった。
4年間で、慎一だけが教え込んだ、甘さ。
彼女が他の人とその甘さを分かち合っても、慎一には分からないし証拠だって何もつかめない。
だけど。
彼女の心が。
何の影もない、後ろめたさもない、まっすぐでまっさらな彼女の気持ちが、こうやって唇から流れ込んでくるから。

見えないけれど、確かにここにある心。
< 5 / 7 >

この作品をシェア

pagetop