シンデレラ・ラブ・ストーリー ~秘密の城とガラスの靴の行方~
第27話 アッパーガーデン
外の庭では、庭師たちが枯れ葉をあつめていた。
「ジェームス!」
庭師長の声がした。ジェームスとは今朝のあの子だ。声の方に近づいてみる。
枯れ草がしげった庭のすみで、父親の庭師長に怒られていた。入るな、と言っておいた区画に、足をふみ入れたらしい。
「でも、ここら一帯だけ目立つよ」
息子さんの意見は、もっともな気がした。素人のわたしから見ても、枯れた雑草が景観をそこねている。
「ああ、理由まで言っておけば良かったな。ここらへんはな、ハリネズミが冬の寝床にしてることが多いんだ」
「ハリネズミが?」
おどろいたのは息子ではなく、エルウィンだった。もちろん、わたしも野生のハリネズミなんて見たことはない。
「ええ。ハリネズミは、ナメクジを食ってくれるので、庭師にとってはパートナーみたいな者です。お嫌でしたら駆除しますが」
「いやいい、ハリネズミがいる庭は幸運が舞い込むと、聞いたことがある」
幸運の象徴なのね。わたしは目をこらして草むらの隙間を見た。
「見てみたいもんだな」
「やつらは夜行性なもんで、めったに人の目には」
「そういうものか」
それを聞いて、ひそかに探っていたわたしは、がっがりした。
「それよりエルウィン様、良ければ、なんですが」
庭師長が言いにくそうにしたのを、エルウィンがうながした。少し見て欲しい場所があると言うので、わたしとジェームスもついていく。
それは、お城の北側にある、荒れ放題の区画だった。庭師長が言うには「アッパーガーデン」と、かつて呼ばれた場所らしい。かつて、と言うのは、何百年も前から使われていないそうだ。
外から見ると草木がうっそうと生え、まわりの雑木林と一体化している。入っていくと苔の匂いが充満していて、靴のさきがずぶり! とぬかるみに沈んだ。
「父の代から、ここを復活させようとしているのですが、何度やっても、土壌が変わりません」
エルウィンは、懐かしむというより、思い出そうしているようだった。
「古い記録では、たしかに、庭として使われていたんです」
考え込んでいたエルウィンが、はっと顔をあげた。
「そうだ、階段がなかったか?」
「おそらく、こちらで」
案内されて奥にすすむ。そこには、土砂崩れしたような崖があった。
「ここではありませんか?」
「ああ、そうだ。段々畑があって、その階段でよく遊んだ」
「作物をここで?」
「いや、おもに料理人が使う香草だったと思う。中央の段に井戸があって」
「井戸ですか!」
庭師長が納得したようだった。
「地すべりしたさいに壊れたまま、地中に埋もれたのでしょう。ぬかるみの原因はそれですな!」
「なおすのか?」
「理由がわかれば簡単です。場所も目処がついてますし」
「そうか」
エルウィンは、そう言って、しばらく崩れた段々畑を見ていた。
ふと、なにかを思いだすように、ちがう方へと進んでいった。わたしと庭師長は「どこへ行くんだろう?」と目を合わせ、彼のあとについていく。
茂みをわけて歩いていくと、大きなイチイの樹の下についた。見たことないほどの太い幹で、枝は四方に大きくひろがっている。
「こんなに大きくなっていたか」
エルウィンは、近くの岩に腰かけた。
「いやはや、この樹も、ご存知でしたか。正確にはわかりませんが、おそらく、樹齢五百年は超えていると思います」
「もっといってる」
エルウィンの言葉に、庭師長は首をかしげた。
「知ってるもなにも、僕が植えたからな。彼女と一緒に」
はっ? となった、わたしと庭師長だったが、考えると意味がわかった。
「なるほど! では樹齢五百年どころでは、ありませんな」
庭師長は感心したようだが、おどろくのは、そこじゃない。
「彼女と、って言わなかった?」
「ああ、彼女とこっそり、ここに苗木を植えた」
「ちょっと待って、はじめて会ったのは舞踏会でしょ?」
「それは童話だ。その前から隠れて会っている」
「んまっ!」
びっくりよね! と賛同を得るのにジェームスを見た。少年は、ぽかんと口をあけている。
「スタンリー、ほっとくと、どこかの馬鹿女みたいに、勘ちがいするわよ」
ジェームスを指して言うと、ふたりが笑った。
「馬鹿女、とは誰も思っていまい。だが説明は必要だろう」
エルウィンはそう言って、ジェームスの肩をたたいた。
「スタンリーの息子ジェームス、コーヒーでも飲みに帰るか」
わたしは、少し非難っぽくエルウィンに言った。
「お城によぶ時点で、どこかで説明する気なのはわかるけど、わたしの経験上、説明してから連れてくるほうが、いいと思う」
わたしの非難には庭師長が弁護した。
「そこが難しいところでして。見せる前に聞かせても、気がふれたと思われかねません」
そう言われると、反論できない。でも、完全に混乱している少年を見ると、やはり気の毒だ。
アッパーガーデンから立ち去る時、エルウィンが庭師長に言った。
「ここのことなら早く聞けば良いものを、と思ったが僕のせいだな。一年も起きていて、まるで城のことに興味がなかった」
庭師長は、大きく首をふった。
「私らの時間と、エルウィン様の時間は、重さがちがいすぎます」
そう言って庭師長は、優しく笑った。それはわたしも同感する。エルウィンのすべては重すぎる。恋も時間も。
「ジェームス!」
庭師長の声がした。ジェームスとは今朝のあの子だ。声の方に近づいてみる。
枯れ草がしげった庭のすみで、父親の庭師長に怒られていた。入るな、と言っておいた区画に、足をふみ入れたらしい。
「でも、ここら一帯だけ目立つよ」
息子さんの意見は、もっともな気がした。素人のわたしから見ても、枯れた雑草が景観をそこねている。
「ああ、理由まで言っておけば良かったな。ここらへんはな、ハリネズミが冬の寝床にしてることが多いんだ」
「ハリネズミが?」
おどろいたのは息子ではなく、エルウィンだった。もちろん、わたしも野生のハリネズミなんて見たことはない。
「ええ。ハリネズミは、ナメクジを食ってくれるので、庭師にとってはパートナーみたいな者です。お嫌でしたら駆除しますが」
「いやいい、ハリネズミがいる庭は幸運が舞い込むと、聞いたことがある」
幸運の象徴なのね。わたしは目をこらして草むらの隙間を見た。
「見てみたいもんだな」
「やつらは夜行性なもんで、めったに人の目には」
「そういうものか」
それを聞いて、ひそかに探っていたわたしは、がっがりした。
「それよりエルウィン様、良ければ、なんですが」
庭師長が言いにくそうにしたのを、エルウィンがうながした。少し見て欲しい場所があると言うので、わたしとジェームスもついていく。
それは、お城の北側にある、荒れ放題の区画だった。庭師長が言うには「アッパーガーデン」と、かつて呼ばれた場所らしい。かつて、と言うのは、何百年も前から使われていないそうだ。
外から見ると草木がうっそうと生え、まわりの雑木林と一体化している。入っていくと苔の匂いが充満していて、靴のさきがずぶり! とぬかるみに沈んだ。
「父の代から、ここを復活させようとしているのですが、何度やっても、土壌が変わりません」
エルウィンは、懐かしむというより、思い出そうしているようだった。
「古い記録では、たしかに、庭として使われていたんです」
考え込んでいたエルウィンが、はっと顔をあげた。
「そうだ、階段がなかったか?」
「おそらく、こちらで」
案内されて奥にすすむ。そこには、土砂崩れしたような崖があった。
「ここではありませんか?」
「ああ、そうだ。段々畑があって、その階段でよく遊んだ」
「作物をここで?」
「いや、おもに料理人が使う香草だったと思う。中央の段に井戸があって」
「井戸ですか!」
庭師長が納得したようだった。
「地すべりしたさいに壊れたまま、地中に埋もれたのでしょう。ぬかるみの原因はそれですな!」
「なおすのか?」
「理由がわかれば簡単です。場所も目処がついてますし」
「そうか」
エルウィンは、そう言って、しばらく崩れた段々畑を見ていた。
ふと、なにかを思いだすように、ちがう方へと進んでいった。わたしと庭師長は「どこへ行くんだろう?」と目を合わせ、彼のあとについていく。
茂みをわけて歩いていくと、大きなイチイの樹の下についた。見たことないほどの太い幹で、枝は四方に大きくひろがっている。
「こんなに大きくなっていたか」
エルウィンは、近くの岩に腰かけた。
「いやはや、この樹も、ご存知でしたか。正確にはわかりませんが、おそらく、樹齢五百年は超えていると思います」
「もっといってる」
エルウィンの言葉に、庭師長は首をかしげた。
「知ってるもなにも、僕が植えたからな。彼女と一緒に」
はっ? となった、わたしと庭師長だったが、考えると意味がわかった。
「なるほど! では樹齢五百年どころでは、ありませんな」
庭師長は感心したようだが、おどろくのは、そこじゃない。
「彼女と、って言わなかった?」
「ああ、彼女とこっそり、ここに苗木を植えた」
「ちょっと待って、はじめて会ったのは舞踏会でしょ?」
「それは童話だ。その前から隠れて会っている」
「んまっ!」
びっくりよね! と賛同を得るのにジェームスを見た。少年は、ぽかんと口をあけている。
「スタンリー、ほっとくと、どこかの馬鹿女みたいに、勘ちがいするわよ」
ジェームスを指して言うと、ふたりが笑った。
「馬鹿女、とは誰も思っていまい。だが説明は必要だろう」
エルウィンはそう言って、ジェームスの肩をたたいた。
「スタンリーの息子ジェームス、コーヒーでも飲みに帰るか」
わたしは、少し非難っぽくエルウィンに言った。
「お城によぶ時点で、どこかで説明する気なのはわかるけど、わたしの経験上、説明してから連れてくるほうが、いいと思う」
わたしの非難には庭師長が弁護した。
「そこが難しいところでして。見せる前に聞かせても、気がふれたと思われかねません」
そう言われると、反論できない。でも、完全に混乱している少年を見ると、やはり気の毒だ。
アッパーガーデンから立ち去る時、エルウィンが庭師長に言った。
「ここのことなら早く聞けば良いものを、と思ったが僕のせいだな。一年も起きていて、まるで城のことに興味がなかった」
庭師長は、大きく首をふった。
「私らの時間と、エルウィン様の時間は、重さがちがいすぎます」
そう言って庭師長は、優しく笑った。それはわたしも同感する。エルウィンのすべては重すぎる。恋も時間も。