いつか咲う恋になれ
「……さん……紗倉さん」

後ろから誰かに呼ばれたかと思ったらがっちりと肩を掴まれた。私は急に現実に戻され、ハッと驚いた表情で振り返った。

「傘もささずにどうしたの?何かあった?」

心配そうに声をかけてきたのは香月先輩だった。雨に濡れている私に傘を差し出す。学校から走ってきたのか、先輩の息は上がっていた。

「香月先輩……何で……」

どうして香月先輩が目の前にいるのか分からず私は呆然とする。

「……泣いてるの?」

香月先輩は私の顔を見ながら真剣な表情で聞く。そして、傘でなるべく人に見られないように私の顔を隠した。

「きっと……泣いてませんよ」

心配させないように作り笑いを見せる。私の顔は雨で濡れているせいで、頰を流れるのが雨か涙か分からなかった。

「家は近く?」

「えっと、電車に乗って2駅先です」

「……その格好じゃ電車乗れないか」

香月先輩は自分の着ていた制服のブレザーをふわっと私にかけた。

「先輩の制服濡れちゃいますよ」

「大丈夫だよ。じゃあ行こうか」

「えっ?何処に……」

香月先輩は優しい表情で私を見ると何も言わずにそのまま歩き始めた。私も傘に入ったまま先輩の隣を歩く。

何処まで歩くかは分からないけど、香月先輩は私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれた。

「あの、偶然私を見かけたんですか?」

「いや、教室から外見てたら雨の中傘もささずに走って帰ってる紗倉さんを見かけて、どうしたんだろうと思って追いかけてきたんだ」

見られてたんだ。

「俺、結構走るの得意だけどなかなか追いつかなかったし。紗倉さん、走るの早いね」

香月先輩はニッコリ笑う。その後も先輩は私に傘をささずに走った理由を聞く事もなく、私の隣で一緒に歩いてくれた。
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