一夜限りの恋人は敵対企業のCEO⁈【後日談有】
 ボックス席は二階と三階の左右翼にある。
 地階から専用のエレベーターで直通で行けるけれど、ネイトにお願いして一階に来た。

「…………」

 懐かしい。
 あのときの感情が思い出が、空気となって押し寄せるみたい。
 ここに来るときはいつも、憧れと嫉妬で心がいっぱいだった。

 先輩と別れたあと、苦しくて劇場通いをやめてしまった時期もある。
 そういえば別れたあと、やたら見合い話をもってこられたっけ。
 あてつけで恋人を作った。
 今思うと、心配かけちゃってた。

 あの日、ストリートピアノに聴き惚れて足をとめてよかった。
 ネイトが声をかけてくれなかったら、私は今ここにいない。
 こんなに満たされた気持ちで、エントランスに立てる日が来るなんて思ってもみなかった。

 大階段の前で動こうとしない私に、ネイトが声をかけてきた。

「玲奈?」
「もう少しだけ、いさせて」

 終演後、ファンはすぐには帰らない。
 その日の主役や奏者演者たちが、手に手をたずさえて大階段に現れるのを階段下で待つのがならわしなのだ。

「玲奈」
「なんでもない」

 私はふるふると頭を横に振った。
 端っこ、幕すれすれの席でいいから奏者として乗りたかったな。
 終演後、晴れがましい気持ちで仲間と肩を組み合ったり手をつないで大階段に登場したかった。

 ネイトの腕に絡めた手をぎゅ、と握りこまれた。

「僕もだ」
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