一夜限りの恋人は敵対企業のCEO⁈【後日談有】
 天井から吊るされた緞帳や反響板。
 舞台裏にはモニターや影アナウンス用の小机。いかにも、らしいものが置かれている。
 スタッフは誰もいない。
 ただ、照明が煌々と点いている。
 私達が座っていたボックス席は舞台の左側で客席から見たら右側、いわゆる上手である。
 ネイトに導かれて上手から舞台に立った。

「一時間だけ、借りたんだ」

 数多の芸術家達が。
 ついさっきまでマルガレーテ・ヴューラーが演奏していた舞台に私がいる。
 目の前に、今は誰もいない客席が広がる。
 この風景を、あの人達も本番の前に見ていた。

「なにを弾く?」

 訊ねられるまで、グランドピアノに気づかなかった。
 ネイトが掲げているものが目に入り、固まる。
 飴色の優美な形。
 今もなお本体に残るニスが、ライトに反射する。
 そんな、まさか。

「ストラド……?」

 ストラディバリウス。
 ネイトが手にしているのは、私達ヴァイオリニストが憧れてやまない名器だった。
 17世紀~18世紀にかけてイタリアのストラディバリ父子が製作。
 なかでも父親アントニオの手による楽器が有名だ。
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