一夜限りの恋人は敵対企業のCEO⁈【後日談有】
 最初はタイスの瞑想曲。
 ヴァイオリンの、ゆるやかな長音から始まる。
 ピアノが入ってくる。
 ネイトの音は、声高に存在を主張しない。
 かといって、目立たないわけじゃない。
 私達の音は混ざって溶け合い、互いを煌めかせる。 彼とのセッションは、いつもそう。

 リベルタンゴ。
 激しい愛のやりとり。
 攻守目まぐるしくいれかわるのは、本当にダンスをしているかのよう。
 馴れ合わず、相手を挑発して組み伏せる。
 火花を散らすような、それでいて息がぴったり合っている。

 今度は軽妙で都会的なものをと思ったら、ネイトがラプソディ・イン・ブルーのオーボエ部分のイントロを弾き始めた。
 第一主題から参入する。
 どうして貴方みたいな人がいるのかしら。
 私が一番欲しいものを理解し、差し出してくれる。

 宝石もドレスも嬉しいけど、貴方の信頼を与えてくれたことや愛を捧げてくれたことが誇らしい。
 なによりもこの空間を与えてくれた。
 
 ネイトが腕時計を指す。
 あと一曲。
 期せずして、二人で弾き始めたのは、愛の挨拶。
 
 貴方が好き。
 玲奈が好きだよ。
 これからも一緒にいて。
 ずっとだ。

 貴方を愛する喜びと、貴方から愛される幸せを。互いに美しいささやきから、讃歌ヘと歌い上げていく。

 最後の音が、ホールに吸い込まれて消えた。
 パンパンと拍手しながらネイトが私に近づいてくる。

「Vielen Dank für die beste Sitzung
(最高のセッションをありがとう)

Rena, du warst großartig
(玲奈、君は素晴らしかった)」

 優しい人。
 家族想いで、色々なものを背負って、でも暖かい人。
 彼にしか、聞こえないようにささやく。

「Ich liebe dich(愛してるわ)」
「Kennt(知ってるよ)

……ich liebe dich mehr
(僕のほうが、もっと愛してるけどね)」

 私。
 これから先、この時間を何十回も思い出すんだろうな。
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