一夜限りの恋人は敵対企業のCEO⁈【後日談有】
ネイトと護孝の会談
クロフォード製剤インターナショナルが、ホテル買収に乗り出したーー密やかな噂は、日本のみならず世界中のホテル業界を震撼させたらしい。
僕としては、日本での拠点及び玲奈との暮らしに都合が良かったのが、ホテルだったに過ぎない。
ホバリング出来て好みのパン屋が近くにあるという地の利点。
なにより、自分ごのみのセキュリティや玲奈が好きなインテリアに改造するために買うだけだから、ホテル業界に参入するつもりはない。
かといって、不良債権になどしない。
黒字経営で玲奈の資産にするつもりだ。
……自分の得た収入で暮らすのを誇りにしている女性だから、バレたら怒られそうだが。
『ホテル経営はエスタークに頼ったらどうか』
穣から言われるまでもなく、僕もエスタークホテルのことは頭にあった。
世界の主要都市や観光都市にあるエスタークホテルを何度も利用しているが、サービスがいい。
古いホテルを買い取って従業員を継続雇用、あるいは現地スタッフを多く導入している。
ホテルの風格を高めるためにしか、改築・修繕しない。
監督指揮こそ、日本の建築会社を使っているようだが施工は地域に任せている。
地域振興をかかげていて、金と雇用を立地している国々に落とす。
好意的に受け入れられた結果、各国からの誘致が増え続けている、星のつくホテルだ。
そんな訳で白羽の矢を立てたが。
警戒を強めていたところに、僕からオファーがきたときの驚愕は予想できた。まさかの業務提携の申し入れだったろうから。
彼らの一番の恐れは、フランチャイジーとしてノウハウを伝授したころに、フランチャイザーの我々からの契約解除をされることだ。
そうなれば、エスタークは脅威をみずから抱えることになってしまう。
かといって僕に手を貸さなければ、他のホテルにみすみす甘い汁を吸わせることになる。
諸刃の刃だろう。
エスタークのCEOはまだ知らないが、僕と彼は互いの伴侶を通して姻戚となる。
わざと波風を立てて、玲奈とミスひかるを絶縁に追い込むような真似はしない。
愛する玲奈を泣かせるくらいなら、嫌いな奴だとしても握手するさ。
主導権を奪われない程度に、エスタークへホテルの株を譲渡する。
フランチャイズ期間も、一〇年もしくは二〇年スパンで求められるだろうが、ある程度までは相手の要求を呑むつもりだ。
それでも、エスタークにとって即決できない案件だと理解している。
だからこそ一度の会談で決断させるため、僕自身でエスタークの創業者一族でCEOのミスター隠岐と直接交渉するのだ。
日本の企業がよくやるという、『一度社に持ち帰って検討する』をさせるつもりはない。
僕と会うまでに、社内での調整を終えておくように仕向けておいた。
何度かのやりとりで、隠岐護孝という人物を掴めてきている。
冷静な仮面の下では、熱い男。
経営は的確であり、二歩も三歩も先を見ている点は高評価だ。
隠岐の上位にあたる親族からの横槍も、彼ならうまく回避するだろうが。好ましい人物だから、援護してやろう。
交渉の席につくなり、僕は言ってのけた。
「改築をする間、僕のホテルの客を君の親族が経営しているホテルに回す」
ミスター隠岐はぴくりと眉を動かした。
一年、ないし二年の間、顧客を隠岐の親族が所有するホテルに回すのだ。
彼も、親族に顔が立つ。
「僕はもうじき株の92%までを所得する。今後5カ年で、持株の30%まで売却していく」
エスタークが、全てを一度に習得するのは荷が重いだろう。
ミスター隠岐が薄く笑う。
「我々エスタークが既に8%所得しているとご存知とは……食えない男だ」
どちらが。
僕が動きだした途端、ホテルの株やクロフォードの株が買われたのだ。
僕もエスターク株を買ったから、痛み分けかな。
「僕からの条件。二〇年間フランチャイザーとして、エスタークホテルの傘下に入る。しかし、従業員達の士気もあるからホテル名はそのまま。ホバリングではなく、ヘリポートを作る予定だ」
ロープによる降下も吊り上げも、玲奈に不評だった。
「あと一つ」
自分が愉しげな表情を浮かべているのがわかる。
ミスター隠岐は(彼もというべきか)、愛する女性に夢中だ。
ならば、勝機はこちらにある。
「これは僕、ウィリアム・クロフォードからミスター隠岐護孝への個人的なプレゼントだと思ってほしい。貴方のハネムーン期間、僕のプライベートジェットを貸し出そう」
ミスター隠岐の眉が再び動く。
考えてなかったとは言わせない。
船もそうだが飛行機も。
人目を気にして恥じらってしまう恋人と、なんの気兼ねなく愛し合える空間は、男の夢だ。
国立劇場とストラディバリウスを、僕が玲奈のために借りたと知ったときの、彼女の表情。
申し訳ないと思いつつ、そこまでしてくれるのかという感謝と。僕から、こんなにも愛されていると実感したことへの喜びと誇り。
恋人にあの顔をさせるためなら。玲奈に僕の愛をわかってらうためなら、僕はなんだって出来る。
ねえ、ミスター隠岐。
君も、そうだろう?
「リフォームは貴方好みにしてくださって構わない。世界のエスタークホテルのセンスだ、費用は僕が負担しよう」
堕ちてこい。
はたして。
「……クロフォードのCEOは悪魔のような方だな!」
ミスター隠岐が苦笑しながらも握手を求めてきた。僕もしっかりと握りかえす。
「僕も愛する女性に夢中でね」
「ミスター・クロフォードは独身だと伺っていたが?」
「諸事情で彼女の存在ごと隠している。結婚式には、ご夫婦で招待させていただくよ」
溺愛を揶揄されるかと思いきや、彼はいたく納得した顔つきになった。
「楽しみにしている。ああ、時期と場所が決まったら教えてくれ。プライベートジェットの礼にウチのスイートを抑えよう」
「それは嬉しいな」
交渉はまとまった。
いずれ。
縁戚となったら、穣と三人で互いの伴侶の自慢大会も悪くない。
勿論、僕にとっては玲奈が一番だけどね。
僕としては、日本での拠点及び玲奈との暮らしに都合が良かったのが、ホテルだったに過ぎない。
ホバリング出来て好みのパン屋が近くにあるという地の利点。
なにより、自分ごのみのセキュリティや玲奈が好きなインテリアに改造するために買うだけだから、ホテル業界に参入するつもりはない。
かといって、不良債権になどしない。
黒字経営で玲奈の資産にするつもりだ。
……自分の得た収入で暮らすのを誇りにしている女性だから、バレたら怒られそうだが。
『ホテル経営はエスタークに頼ったらどうか』
穣から言われるまでもなく、僕もエスタークホテルのことは頭にあった。
世界の主要都市や観光都市にあるエスタークホテルを何度も利用しているが、サービスがいい。
古いホテルを買い取って従業員を継続雇用、あるいは現地スタッフを多く導入している。
ホテルの風格を高めるためにしか、改築・修繕しない。
監督指揮こそ、日本の建築会社を使っているようだが施工は地域に任せている。
地域振興をかかげていて、金と雇用を立地している国々に落とす。
好意的に受け入れられた結果、各国からの誘致が増え続けている、星のつくホテルだ。
そんな訳で白羽の矢を立てたが。
警戒を強めていたところに、僕からオファーがきたときの驚愕は予想できた。まさかの業務提携の申し入れだったろうから。
彼らの一番の恐れは、フランチャイジーとしてノウハウを伝授したころに、フランチャイザーの我々からの契約解除をされることだ。
そうなれば、エスタークは脅威をみずから抱えることになってしまう。
かといって僕に手を貸さなければ、他のホテルにみすみす甘い汁を吸わせることになる。
諸刃の刃だろう。
エスタークのCEOはまだ知らないが、僕と彼は互いの伴侶を通して姻戚となる。
わざと波風を立てて、玲奈とミスひかるを絶縁に追い込むような真似はしない。
愛する玲奈を泣かせるくらいなら、嫌いな奴だとしても握手するさ。
主導権を奪われない程度に、エスタークへホテルの株を譲渡する。
フランチャイズ期間も、一〇年もしくは二〇年スパンで求められるだろうが、ある程度までは相手の要求を呑むつもりだ。
それでも、エスタークにとって即決できない案件だと理解している。
だからこそ一度の会談で決断させるため、僕自身でエスタークの創業者一族でCEOのミスター隠岐と直接交渉するのだ。
日本の企業がよくやるという、『一度社に持ち帰って検討する』をさせるつもりはない。
僕と会うまでに、社内での調整を終えておくように仕向けておいた。
何度かのやりとりで、隠岐護孝という人物を掴めてきている。
冷静な仮面の下では、熱い男。
経営は的確であり、二歩も三歩も先を見ている点は高評価だ。
隠岐の上位にあたる親族からの横槍も、彼ならうまく回避するだろうが。好ましい人物だから、援護してやろう。
交渉の席につくなり、僕は言ってのけた。
「改築をする間、僕のホテルの客を君の親族が経営しているホテルに回す」
ミスター隠岐はぴくりと眉を動かした。
一年、ないし二年の間、顧客を隠岐の親族が所有するホテルに回すのだ。
彼も、親族に顔が立つ。
「僕はもうじき株の92%までを所得する。今後5カ年で、持株の30%まで売却していく」
エスタークが、全てを一度に習得するのは荷が重いだろう。
ミスター隠岐が薄く笑う。
「我々エスタークが既に8%所得しているとご存知とは……食えない男だ」
どちらが。
僕が動きだした途端、ホテルの株やクロフォードの株が買われたのだ。
僕もエスターク株を買ったから、痛み分けかな。
「僕からの条件。二〇年間フランチャイザーとして、エスタークホテルの傘下に入る。しかし、従業員達の士気もあるからホテル名はそのまま。ホバリングではなく、ヘリポートを作る予定だ」
ロープによる降下も吊り上げも、玲奈に不評だった。
「あと一つ」
自分が愉しげな表情を浮かべているのがわかる。
ミスター隠岐は(彼もというべきか)、愛する女性に夢中だ。
ならば、勝機はこちらにある。
「これは僕、ウィリアム・クロフォードからミスター隠岐護孝への個人的なプレゼントだと思ってほしい。貴方のハネムーン期間、僕のプライベートジェットを貸し出そう」
ミスター隠岐の眉が再び動く。
考えてなかったとは言わせない。
船もそうだが飛行機も。
人目を気にして恥じらってしまう恋人と、なんの気兼ねなく愛し合える空間は、男の夢だ。
国立劇場とストラディバリウスを、僕が玲奈のために借りたと知ったときの、彼女の表情。
申し訳ないと思いつつ、そこまでしてくれるのかという感謝と。僕から、こんなにも愛されていると実感したことへの喜びと誇り。
恋人にあの顔をさせるためなら。玲奈に僕の愛をわかってらうためなら、僕はなんだって出来る。
ねえ、ミスター隠岐。
君も、そうだろう?
「リフォームは貴方好みにしてくださって構わない。世界のエスタークホテルのセンスだ、費用は僕が負担しよう」
堕ちてこい。
はたして。
「……クロフォードのCEOは悪魔のような方だな!」
ミスター隠岐が苦笑しながらも握手を求めてきた。僕もしっかりと握りかえす。
「僕も愛する女性に夢中でね」
「ミスター・クロフォードは独身だと伺っていたが?」
「諸事情で彼女の存在ごと隠している。結婚式には、ご夫婦で招待させていただくよ」
溺愛を揶揄されるかと思いきや、彼はいたく納得した顔つきになった。
「楽しみにしている。ああ、時期と場所が決まったら教えてくれ。プライベートジェットの礼にウチのスイートを抑えよう」
「それは嬉しいな」
交渉はまとまった。
いずれ。
縁戚となったら、穣と三人で互いの伴侶の自慢大会も悪くない。
勿論、僕にとっては玲奈が一番だけどね。