【12/18番外編更新】あまやかしても、いいですか?【完】
「わかりました。……あの橘専務、今日は夜、ご予定があると伺っておりましたが、その件は……?」
21時から外せない予定があると言っていた。時計の針はすでに21時を若干超えてしまっている。今からでは、予定には間に合わなさそうだ。
「ああ……、本当だ。困ったな」
まただ。
橘専務は仕事に熱中しすぎて、よく時間を忘れてしまう。
プライベートな用事については私も催促しないようにしているのだけれど、この調子なら、やっぱり指摘してあげたほうがいいのかもしれない。そう思っても実行しないのは、橘専務があまりその予定とやらに行きたがっているようには見えないからだ。
「タクシー、配車しましょうか?」
「いや、……あー、うん。お願いしていいですか?」
「はい。承知しました」
「いつもありがとう」
受話器を取って、短縮ダイヤルをプッシュする。そのままいつものように会社の前に一台配車を依頼して、電話を切った。目の前にいたはずの人がいなくなっている。
「あれ」
「佐藤さん、」
「わ」
すぐ近く、体のわきから覗く男性もののスーツの袖が、私のデスクにペットボトルのオレンジジュースを置いた。その腕をたどって振り返れば、いつもよりすこし近いところにある橘専務の瞳と視線がぶつかる。
「あ」
「あ、ごめん。近づきすぎた」
「あ、いえ」
びっくりした。
橘専務は、おそろしくいい匂いがする。
抱き着いて、肺いっぱいに匂いを嗅いでみたくなるような魅惑的な香りの人だ。うっかり引き寄せられそうになった。