【12/18番外編更新】あまやかしても、いいですか?【完】
嫌な気分になったわけではない。言いたいのになかなか口から出てこなくなってしまった。素直にうれしいですと言えばいいのだろうか。
「わたし」
何を言おうとしていたのか。外線が鳴ったら思考回路は綺麗にはじけ飛んでしまった。
ぴくりと肩を揺らしながら、反射的に受話器を取って耳に当てる。何のことはない。タクシーが玄関前に到着したことを知らせてくれる電話だった。
「……タクシーが到着したそうです」
なんというタイミングだろう。橘専務もさすがにばつの悪そうな顔をしていた。褒めるだけでも気を遣う現代社会の大人たちは大変だと思う。
「ありがとう、ええと、佐藤さんはもう帰れる?」
「はい」
もともと、用事は専務についていること以外には何もなかった。頷いてみれば、しばらく思案した瞳が私を見つめなおしてくれた。
今からでも、セクハラだと思っていないと言ってしまっていいだろうか。悩ましい。
「……嫌でなければ」
「はい?」
ぼうっと考え込んでしまっていた。適当に自分の喉から声が鳴って、目の前を見つめなおす。
「家までタクシーで送りますよ。いや、家付近まで? 俺が先に降りたほうがいいかな」
おれ、と聞いて瞼がぱちくりと動いてしまった。