冷凍庫の中の騎士
第二話 土曜の朝

 ひとしきり叫び終わったあと、とりあえずわたしはその喋る首をシンクに置いた。ちなみに首の切断面(?)というか、そのあたりはスカーフが巻かれているので見ていない。見たくもない。
 シンクの上の生首はころんと転がる。

「落ち着いただろうか?」
「きゃあ?! 喋った!」
「……ほら、深呼吸してごらん」
「わ、わ、わ、……わかりました……」

 深呼吸もできなそうな生首にさとされ、わたし胸をおさえて大きく息を吸い、吐いた。
 それからもう一度シンクの上に置いた生首を見る。大丈夫怖くない、これは身体がないだけのイケメンだと自分に言い聞かせるが、イケメンだろうと首だけでは怖い。わたしは必死に深呼吸を繰り返す。
 彼はそんなわたしを見上げ「デュラハンを見るのは初めてかな?」と聞いてきた。

「デュラハン?」
「ああ、やはり初めてか。ならば驚くのも無理はないな……」

 彼は眉を下げて微笑んだ。優しい魅力的な笑顔である。首だけだけど。

「わたしはルカ・フォールバード。首と身体を離せるデュラハンという生き物だ。それ以外は人と『さほど』かわらないから安心してほしい」
「なるほど?」
「レディー、あなたの名前を聞かせてくれるかな」
「あ、宮嶋です。宮嶋、加奈子……」

 彼が堂々というから頷いてしまったけど、自宅の冷凍庫に首がある事態、どう転んでも安心はできない。しかし彼は満足したように微笑んだあと、「困ったな」とわざとらしく眉間に皺をよせた。

「わたしの名前を聞いたことはなく、デュラハンも知らないとなると……ここは異世界だろう。さすがのわたしも身体だけ残して世界を越えたことはない。戻るには協力者が必要だろうな……」
「……、……え?」

 生首がウインクをした。背中に寒気が走った。

「カナコ、協力してくれるかい?」
「いや、えと、その……わたしは、その、普通の人なので、その、あんまりこういう、首? の頼みがきけるほど偉い人じゃないので……」
「カナコ、わたしにはあなたの力が必要なんだ」
「わ、わたしは、首を持つ趣味はないので……」
「ふふ、わたしも持ち運ばれる趣味はない」

 ふわっと、首が浮いた。

「きゃあああ浮いたああっ!!!」
「カナコ、君は本当に素直に驚くね」
「浮いて喋る生首!!! なんで!!!」
「それがデュラハンという種族なんだよ」
「意味がわからない!!! 怖すぎる!!!」

 わたしはこの後三十分叫んでのどをからした。その生首は根気よく何度もわたしに深呼吸をうながしてくれた。優しいなと思ったが、そもそもその首のせいで叫んでいるので、プラスマイナスゼロだった。

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