冷凍庫の中の騎士


「つまり、ルカさんはデュラハンっていう生き物で、この世界じゃないところから、呪いで首だけ飛ばされてきちゃった……ということ?」
「恐らく」

 キッチンからリビングに移動してコーヒーを飲みながら話し合ったところ、そこまでは理解した。
 ちなみにルカさんは首だけでも飲食はできるそうだ。というより身体の方が飲食できないから、離れている間はよりたくさん食べないといけないらしい。全く理屈はわからないけど、そういうものらしい。

「ミリアをかばって術をうけたところまでは記憶にあるんだが……まさかこんな呪いとは思いもよらなかったな……」

 ルカさんはホットコーヒーに氷を大量にいれたアイスコーヒーをストローで飲みながら「しかしそれよりも、なぜこの世界で、しかもきみのところだったのかがわからないことが問題だ」と眉を下げる。

「普通、異世界といってもある程度は話が通じるところに飛ぶものなのだけど、ここはわたしの見たことないものばかり……」

 そもそも異世界があるってのも信じられないけど……首が飛ぶ人間がいるってのも信じられない……どっちにしろ昨日までの常識とはさようならしなきゃいけない。わたしはホットコーヒーを飲んで、ため息をつく。ルカさんはそれを相槌ととったのか「そうだね、困ったことになった」と苦笑する。

「呪いをかけるものも、自分の想像しえない世界への道は開けないからね。だから、左右反転した世界とか、微妙に理屈が通じない世界とかその程度のはずなんだ。しかし、きみがわたしの名前もデュラハンも知らないとなると……」

 彼は眉間に皺を作っているので、わたしは首をかしげる。

「ルカさんってその世界で有名な人なの?」

 わたしの質問に彼は目を丸くした。

「そんなに驚くこと?」
「あ、……いや、そうだな。……新鮮でね。わたしはこの三十一年の生涯の中で、わたしの名前を知らない人に名乗ったのは今日が初めてだった」
「そんなことあり得る?」
「あり得る。まあ、そういう立場の生き物ってことさ。人ではないよ、わたしは」
「……そう」

 よくわからないけど、そういうことなんだろう。

「それで、ルカさんは今後はどうするの?」
「元の世界に戻らなくてはいけない」
「どうやって?」
「ここにきた理由がわかれば自ずと帰り方も見えてくるはずだ。それまでは、……」
「……それまでは?」

 彼はニッコリと微笑んだ。

「世話になる、カナコ」
「えっ?!」

 わたしが露骨に顔を歪めると彼は「まあまあ」と微笑む。

「わたしは役に立つぞ?」
「首だけでなんの役に立つのよ?」
「わたしの価値はわたしの思考にある。きみの困り事を解決できるよ」
「この状況にこそ困っているというか……」
「ためしに少し置いてみてくれないか。きっと、役に立つから」

 夕焼け色の瞳がじっとこちらを見ている。わたしはその目を見てから、時計を見てもう寝る時間であることを確認し、それからまた彼を見た。
 きれいな顔、……首だけだけど。
 男の人だけど、首だけなら絶対安全かも。だったら少なくとも一晩ぐらいはいいだろう。首だけでホテルは取れないだろうし、異世界云々が嘘だもしても、彼が今困っているのは本当だ。だったら、それは助けてあげなきゃかわいそうだろう。
 
「……わかりました、とりあえず今日は泊まってください」
「ありがとう、カナコ」

 わたしは金曜の夜の楽しみが潰えたことに少しがっかりした。けれど、なんとなくこれはこれで楽しいことの始まりのような予感もした。

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