転生した幼女賢者は勇者特科寮管理人になりまして
 
 当の彼らは空いた口が塞がらなくなっている。
 アーファリーズからすれば、この施設を元々運用するために使われていた、地脈からの魔力を用いてゴーレムを生成した。
 特に疲れていなければ、これからも疲れることはない。
 大したことは、していないのだ。

「というわけで今日からこの施設の管理はこの天才魔法使い、アーファリーズ・エーヴェルインに任せてもらおう。キミたちは自らを高めるのに集中してもらって構わない! あ、なんならボクのことは気軽に『リズ』と呼ばせてあげよう。『アーファ』は家族にしか呼ばせてないからダメね」
「お、おお……」
「リズ? 君女の子だったの!?」
「生物学上は女だが?」

 それがなんだ、と口を挟んできた槍使いの少年を睨む。
 それにあたふたする少年。
 口調も見た目も女らしくないのは自覚しているし、別に他人からどう見られようと興味もないアーファリーズ、改めリズ。
 性別にこだわるのは世継ぎに関わる真っ当な貴族だけでいいだろう。
 少なくともエーヴェルイン伯爵家はリズの双子の姉が家を継ぐ。はず。
 自分は好きなように、好きなことをして生きる。
 家を守りたいとは思わないが、家族は守りたい。
 だから稼ぐし、必要なら女らしく振る舞うことも辞さない。
 ただ、今はその必要がないだけだ。

「で? ボクはちゃんと自己紹介と仕事したんだからそろそろキミたちも名乗ったらどうなの? 仮にも勇者候補が礼を尽くさないのはどうかと思うよ。それともこれからその辺教えないとダメな人たち?」

 ふんす。
 再び腕を組んで見上げながら見下すリズ。
 勇者候補たちは顔を見合わせると、大剣を持つ男が顔つきをキリッとしたものに変える。

「君の実力とここにいる理由は分かったが、本当に管理人になったという証拠は? 書類などは持っていないのかね?」
「頭の固い男だなぁ。書類とかはあとから届くよ、多分。少なくともこっちのサインはあっちに置いてきたもの。ボクだって別にここに来たくてきたんじゃないよ。魔法騎士団の魔法騎士を志望してたのに、第三王子ゼジルが年下なのに飛び級で卒業してしまうほどのボクの天才っぷりに嫉妬して嫌がらせでここの管理人を押しつけてきたんだもの」

 スラスラと事情もついでにつけ加えると、大剣の男はまた表情を「ええ……」というドン引きしたものに崩した。
 第三王子との確執。
 これは別にリズが望んだものではない。
 性格の相性も相俟って、そうなってしまっただけだ。
 どうせあの第三王子は卒業後、適当に公爵だか大公だかの地位を与えられて放逐される。
 あの我が儘王子には、誰も期待していない。
 だからせめて四大侯爵家のラステラ・ファーロゥ侯爵令嬢と婚約し、ファーロゥ家が後ろ盾となったのだ。
 没落寸前の伯爵令嬢と対立してもこの程度の嫌がらせしかできない時点で、お察しである。
 勇者候補たちは改めて顔を見合わせ、大剣を持っていた男は剣を鞘へ収めた。
 それを見て、女の方も剣を鞘に戻す。

「いいですわ、信じましょう。自己紹介でしたわね、わたくしはエリザベート・ケイアーですわ。女子寮の監督生です」
「へぇ」

 ケイアーといえば宰相の家の娘だろう。
 娘がいたのに驚きだが、勇者候補たちはある日突然『天啓』により【勇者候補】の称号を与えられる者がほとんど。
 生まれながらに【勇者候補】を与えられている方が珍しいと聞く。

「公爵令嬢がここにいるなんて驚き」
「ぐっ」

 純粋な感想だったが思い切り顔を歪められてしまった。
 双子の姉に「アーファは余計な一言が多いんだから気をつけないとダメよ」と言われたのを思い出す。
 言ってしまったものは仕方ないので、即「まあいいか」となるのも悪いところだが気にしない。

「私はヘルベルト・ツィーエだ。男子寮の監督生している。男子生徒のことでなにかあれば、私に言って欲しい」
「ふーん? ツィーエって四侯爵家の一角? へぇー、君も貴族なんだね」
「…………」

 また渋い顔をされた。
 純粋な感想を告げただけで、なぜこうも嫌そうな顔をされるのか。

「こほん。……そしてこちらがモナ・クラウゼ。奥にいる弓矢を持っているのがマルレーネ・ユストですわ」
「モ、モナ・クラウゼです」
「マルレーネ……ユスト、です」

 エリザベートが他の女子を紹介する。
 杖を持っていた方はモナ。
 弓矢を持っていた方はマルレーネ。
 そして、ユスト。

「…………」

 さすがに今回は押し黙る。
 他の勇者たちの目が「今度は絶対マルレーネの家名には触れるなよ」とものすごい圧をかけてくるので。
 マルレーネの家名……ユストは四大侯爵家の一角だ。
 つまり、現時点ですでにこの国の高位貴族の家名を持つ者が三人いるということになる。

(さすがにおかしいな? 【勇者候補】はあくまで“候補”。天啓を与えられた者の生まれが貴族に偏るものではないはずだが……)

 エリザベートとヘルベルトは、立ち居振る舞いから見て生まれが貴族なのは間違いない。
 でもそれが続きくのは奇妙だ。
 その上いかにも「家名に触れるなよ」みたいな空気を出されると、どうしても勘繰ってしまう。

「続けていいかね?」
「あ、ああ」
「槍使いの少年がフリードリヒ・フォンカー。最年少十五歳だ」
「よろしくな! リズ! おれっちがフリードリヒだ!」

 赤毛の槍使いはフリードリヒ。
 こちらはどう見ても平民。
 この堅苦しい貴族と重苦しい女性陣のあとだと大変に落ち着く。
 どうやらこの子がムードメーカーのようだ。

「最後に——」
「僕はロベルト・ミュラー。実家は西エーランド領の伯爵家だ。君も魔法を使うみたいだから、色々相談に乗ってくれると嬉しいな」
「魔法使いか! ……魔法使いなのにボクのことを知らないなんて……!」
「ご、ごめんね」

 頰を膨らませる。
 最後の杖を持っていた青年は魔法使いのロベルト。
 同じく貴族然とした紳士だが、ヘルベルトとはタイプが違う紳士だ。
 この六人が、世間から隔離された勇者候補たち。

「以上だ。なにか質問はあるかね?」

 高圧的なヘルベルトだが、悪意のようなものは感じない。
 こういう性格と、話し方なのだろう。
 表情も険しく、いかにもな堅物。
 騎士団にはいそうだが、貴族らしくないといえばらしい感じではない。
 なにごとにも公平な貴族は、嫌われる。
 ふふ、とつい笑ってしまう。

「今のところ質問はないな。寮の管理人というのも正直なにをすればいいのか分からん!」
「な、なんと」
「だからなにか不便があればその都度教えてくれ。こちらの総括ゴーレム……そうだな、名前はゴレスにするか……こいつでもいいぞ」
「そ、そうか、分かった。ええと、君もなにか不便なことや不安なことがあれば、気軽に相談するといい。男の私に言いづらければ、エリザベートたちに相談すればいい」

 なあ、とヘルベルトがエリザベートを見る。
 だがエリザベートにものすごく睨み返されたヘルベルト。

(仲悪いのか)

 仮にも仲間同士で——。

(いや、この者たちはライバルか。みな()()だものな)

 ここにいる者たちはみな、神に生まれながら……またはある日突然【勇者候補】にされた者たち。
 候補であって勇者ではなく、その才能があるだけに過ぎない。
 魔王が封じられて百年——この国に限らず、世界中の国々が天啓を与えられ、【勇者候補】の称号を持つ者を『勇者候補』を擁立し、育成する機関を作り維持し続けている。
 だがそれは形式的なものに成り下り、彼らのようにただ、伝統だから、決まりだからと隔離されているに過ぎないのが現状だ。
 魔王なんて、復活してから考えればいい。
 ただそれだけのことが、なぜどこの国にもできないのか。

(バカバカしい)

 リズには……『アーファリーズ・エーヴェルイン』という少女には前世の記憶がある。
 前世で彼女はこことは違う世界に生まれ、生きた。
 彼女は前世でも魔法を嗜み、男尊女卑の激しさに負けたくないからと性別を偽って魔法学校へ進み、首席で卒業するという負けず嫌い。
 この世界に生まれ変わり、『アーファリーズ・エーヴェルイン』が六歳の時に自力で取得した【賢者】の称号は、前世からずっと努力してきた結果だろう。
 そんな努力家でもある彼女は前世、異世界から召喚された勇者と共に旅をして、世界が彼に背負わせたものを少しでも軽くしようと戦った。
 だから知っている。
 勇者とは、こうして育てるものではない。
 勇者とは……“成る”ものだ。
 それを知っているから、『王立学園勇者特科』の存在を知った時——すごく腹が立った。
 今も、すごく腹が立っている。

(バカバカしいんだよ)

 彼らはそれを知らず、知る機会も与えられず、この場所に隔離されているのだ。
 勇者とは競い合うものではないし、自分が守るべきものを知らずに引きこもってはなんの成長にも繋がらない。
 本当に、なにもかもがバカらしかった。
 拳を握り締めて、この制度を考えたやつをずっと心の中で殴っている。
 彼らの貴重な人生の時間を、なんでこんなに無駄にしているのだろう。
 だから教えなければと思っている。
 ずっと腹が立って、腹が立って仕方ない。
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