転生した幼女賢者は勇者特科寮管理人になりまして
「というわけでキミたち、全員冒険者登録をして強い魔物を狩りに行くぞ!」
「は、はあ?」
翌朝、女子寮の食堂で高らかに宣言した。
が、それと同時に三人の女生徒の距離に違和感を覚えた。
見事に、離れている。
(女生徒同士も仲良くないのか?)
モナは平民のようだから、貴族のマルレーネとエリザベートを敬遠しているのかもしれない。
貴族令嬢同士は、上っ面の関係が多いがここでまで取り繕う必要もないので、それで三人の座る位置が見事な三角形に仕上がっているのだろう、多分。
「わたくしは結構ですわ。本日は読書をしたいのです」
「ワタシも遠慮しておきます。部屋でやりたいことがあるので」
「そうか、まあ、無理強いはしないけどな。モナはどうだ?」
貴族令嬢二人は案の定。
平民のモナは右の片隅で食事をしていた。
話しかけられて、びくりと肩を跳ねる。
顔色が悪い。
「…………ま、気が向いたら門のところに来てくれ」
リズもまた伯爵令嬢。
確かに公爵令嬢と四侯爵令嬢の二人に挟まれていては、居心地は悪そうだ。
さて、それでは男子寮の方はどうだろう?
「というわけでキミたち、全員冒険者登録をして強い魔物を狩りに行くぞ!」
「は」
「はあ……?」
「なにが『というわけで』なのか分かりませんが、面白そうだからおれっち、行きたい!」
元気に挙手したのはやはりというか、平民元気っ子のフリードリヒ。
ロベルトとヘルベルトは、顔を見合わせて苦笑いしている。
やはり貴族連中は来る気がない。
「興味深いが、私は鍛錬の続きをしたい」
「僕も読みかけの魔法書を読み切ってしまいたいので、今回は遠慮します」
「そうか。ではフリードリヒ、食べ終わったら門の前に集合だ!」
「はーい!」
こうなることは想定内。
リズも適当に食事を済ませ、ベルに来客があったら教えるように頼んで玄関から外へと出る。
門の前にいたのはフリードリヒ。
と、そしてモナ。
「お、モナも来る気になったか」
「あ、う、うん。うち、あんまり貴族様のおるとこで喋れねくて」
「ふぁっ……」
一瞬なにを言われたのかよく聞き取れないほどの訛り。
するとモナはハッと自分の口を両手で覆う。
「あ、ご、ごめんなさ……管理人さんも貴族様だったんだべな……」
「い、いいいいいや、ボクはそういうの全然気にしない方だけど、ええ? キミそんなに訛ってたの? 出身どこ?」
「あ、ひ、東の、一番端っこの方……」
「あ、ああ、『東和海国』側の……」
『東和海国』は大陸最東端の国。
独自の言語を使うため、あの近辺と隣接する地域は独特の言葉や訛りが入る。
モナはそのあたりから来たらしい。
そりゃあ口数も少なくなるだろうし、この国の中心部で生まれ育ったお嬢様たちからは「言葉もまともに話せないなんて」みたいな扱いをされることだろう。
めちゃくちゃ動揺してしまったが、偏見があるわけではない。
言葉とは文化。
無理に変えるものではないと思っている。
「それに、うちは一番新しくここさ来たから……」
「ほーん、一番後輩なのか。フリードリヒは最年少と言われていたな?」
「おう! おれっち十五歳だ!」
「ほう」
こいつ、口が軽そうだな。
キュピーン、と目を光らせて、この際ここの生徒たちの情報を引き出すのがよいかもしれない。
その方が色々やりやすくなる。色々。
情報は武器。
貴族たちはそのあたりよく分かっていそうだが、平民相手なら口も滑らせていそうだ。
「せっかくだ、今日は色々話を聞きながら魔物討伐と洒落込もう。冒険者登録を済ませたらパーティー登録をして、分け前は三等分。どうだ?」
「おれっち冒険者登録って初めてだから分かんない! 任せるよ!」
「う、うちも」
「そうか」
フリードリヒよ、冒険者登録は基本的に一人一回だ。
笑顔でそう心の中で突っ込みを入れ、彼がその『常識』を知らないことに全身からぶわりと変な汗が出た。
(……貴族連中はともかく、ボクはもしかしたら早まったのではないだろうか? 勇者特科の施設に入る子たち、下に年齢制限はなかったよね?)
出る時の年齢はある。
しかし勇者特科の施設へ入るのは、天啓にて【勇者候補】の称号が与えられたと発覚したら、だ。
だからたとえば、生まれながらにその称号を持っていたら常識を覚える前に入れられることもあるということ。
あの中だけで育てられ、外へ放り出される者がいるのかと思うと身の毛もよだつ。
「フ、フリードリヒはいつから勇者特科にいるんだ?」
「おれっち? おれっちは七歳の時にあそこに入ったんだ! だから、八年前かな! おれっち、こう見えても一番古株なんだぜ!」
「そうなのか……」
フリードリヒが勇者特科に入った時、二人の候補がいた。
しかし彼らは当時すでに十九と十七で、間もなく一人が卒業し、もう一人も三年でいなくなったそうだ。
入れ違いに入ってきたのがエリザベートとヘルベルト。
二人はものすごく困惑したそうだ。
子どもの世話など、したことがなかったからだろう。
その次の年に入ってきたマルレーネ。
彼女は比較的子どもの世話が得意で、フリードリヒはマルレーネを一時期「姉ちゃん」と呼んでいたらしい。
しかし、高位貴族のヘルベルトとエリザベートが「平民とか貴族」の違いを教えられて呼ぶのはやめてしまった。
少し寂しいけれど、卒業後のことを考えるとそれがいいと判断されたのだ。
今はフリードリヒもその意味が分かる。
「そんで、おれっちが十三歳の時にロベルトが入ってきて、モナは今年入ってきたんだよな!」
「そうなのか……じゃあ今が一番多い感じか」
「うん! そうだな!」
彼らが入ってきた順番を聞き終えてから、思考を一巡させた。
つまり、フリードリヒは完全に世間知らずの部類に入れて問題なさそう、ということ。
そしてエリザベートとヘルベルトもなかなかの世間知らず。
マルレーネは未知数だが、入ってきてからの年数を考えると同じくらい世間知らずなのではなかろうか。
庶民感覚がない、という意味でならロベルトも怪しい。
(うーーん、こいつぁヤバいぞー)
改めて、近いうちなにがなんでも六人全員に外の常識を叩き込まねばなるまい。
自分の生活のためにも。
彼らの卒業後のためにも、だ。