きみのこと、極甘にいじめたい。


バイトは目がまわるような忙しさだった。やっと帰れるー。っとスタッフルームでのびをしたとき。


「なんかお前、今日やけに動きまわってなかった?」


人をお前呼ばわりする、低い声が聞こえる。
顔を見なくてもわかる。
バイトの先輩でひとつ年上、黒髪マッシュでクールなイケメンと女性客から大人気の吉田 四季(よしだ しき)だ。


特別仲がいいわけでもないけど、四季くんも私と同じくらいシフトを詰め込まれている人材で、そういう理由で会話は他の人よりは必然的に多くなっている。


……っていうか、なんかよく絡まれる気がする。



「私、今日は過去一動きまわりましたね。今日ほどバイトに集中したい日はなかったです」


「へー」


丁寧に返したのに、関心なさそうに相槌を打たれた。


ネクタイを緩めてほどく四季くんを見上げて、興味なさそーですねぇーって言おうかと思ったら。



「なんかあったの?」


切れ長で表情の少ない目がこっちを向く。


ありました、嫌なことがあったんです。
理太が、知らない女子にキスしたんです。


で、あのあと、


わかなに”素直ありがとう!”を連呼されて、



「理太と私、キスはしてないよ」と女子たちを煽る余裕さえあったことまで白状してもらい、


そんな会話をぼんやりと聞くくらい、あたしの頭の中は、理太ばかりだった。


……ショックだ。



「…四季くん、あたし……あたし、疲れました……! 早急に、バイトをふやすように店長に土下座してください!!」


「なんで俺が。まぁこうも頻繁に募集かけてると、ブラックだと思われて警戒されるんだろうな。こんなとこ誰も来ねーよ」


「なに諦めてるんですか!?」


「俺はたくさんシフト入れて稼ぎたいからちょうどいい」


「……な。それはそうだけど……」


「それに、バイトのメンツも悪くないだろ」


「確かに……みんな優しいけど、でも……あ」


この店の雰囲気だってすごく働きやすいと思う……。


でも忙しすぎない?どうなの?自問自答を繰り返していると、四季くんが「おい」なんて言う。


「はい」


「お前と入ってるときは、俺も助けるようにするから」


「え?」


「まぁだから、俺にできることはするから」


言葉を探す四季くんは、手にもったネクタイをひらひらとゆらしたりして落ち着きがない。


「あー……だから、お前辞めんなよ?」


「やめませんよ!?」


「は?」


「辞めたくないですよ」


「辞めねーのかよ」


四季くんの持っていたネクタイが私の腹部にベシっと当てられた。


「痛ぁ、やめてほしいんですか!?」


「辞めるなって言ってんじゃん。つかお前が辞める前日みたいなテンションで過ごしてるからだろ」


「もしかして心配してくれたんですかぁー?」


にやにやしながら冗談混じりに言ったら、もっかいネクタイとんできた。


「うっざお前」


「そんなにあたしに居てほしいんですか」


四季くんのこといじってみたら、


「そんなの居てほしいに決まってんだろ」


「……」



そんなふうに返す四季くんはずるいとおもう。うわてだとも思う。


「そ、そりゃあたしが抜けたら、四季くんの仕事量、増えますもんね……!」


なんてしどろもどろ返すはめになったあたしを、四季くんが眺める。じっと。


「そういうんじゃないけどな」


着替えるから出てってなんて、追い出されてしまった。


四季くんって。なんか、独特。
笑わないし、口悪いし、表情なんか氷みたいに冷たいし、でも言ってることは結構優しかったりして。


理太と全然違う。


……でもなんか助かった。


今だけ、理太のキスシーンが頭に中に浮かんでこなくて済んだから……。

< 126 / 131 >

この作品をシェア

pagetop