きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「理人はママに似てよかったじゃん」
「そう? 似てる?」
「彼女のことは写真でしか知らないけど美人だよね。あんたと口元がそっくりだよ」
「口元だけかよ!」
「性格も似てたりしてね」
親父は俺が小さい頃、アルバムを捲りながら母ちゃんの思い出話をたくさん聞かせてくれた。
でも大きくなってからはそれもなくなった。俺が親父に反発してたからなんだろうけど。
今となっては別にそれでいい。一歳くらいで死別してしまった母親の記憶なんてないも同然だし。
「ね、理人。もしかしてカノジョできた?」
「なんでいきなり?」
母さんは頬杖をついて、オムツと一緒に置いてあった小花柄の弁当袋をちらりと見た。
「作ってもらったんでしょ〜?」
「いやこれは……」
母さんは思わせ振りな顔でこっちを見てる。部活前に食べてね、みたいな感じで渡されたのよね? って顔に書いてあるのが読めるほどに。
ただの忘れ物だなんて言えない。まったくの手付かずだったから捨てちゃいけないと思って食ったなんて、この流れで言うのちょーカッコ悪いんですけど。
「あとさ、オムツのサイズ間違えてるよ。お兄ちゃんらしくないじゃん。恋煩いのせいかしら」
「マジで? ごめんっ」
Mサイズを頼んだのに、どうやら神崎さんはSサイズを買ってしまったらしい。
「いいのいいの。試供品みつけたからとりあえずそっち使ってみるよ。じゃちょっと休ませてもらうね」
母さんが席を立つと、それと入れ違いで親父がやって来た。遠目にこっそり見ていると、キッチンに入って5分も経たずに何かがひっくり返る音がした。
コントかよ。
仕方なく見に行くと、床にミルク缶の中身をぶちまけてた。これからはキューブタイプを買おう。うん、そうしよう。
「……すまん、すぐ片付けるから」
「いいよ、買い置きもまだあるし大丈夫だって。たまにはユキの相手してやれよ。な、パパ?」
「……ぱ、パパ?」
嫌味を込めて言ったのに、ちょっと頬を赤らめている。そういえばこのおっさんには意地悪が通用しないんだった。
それにしても神崎さん、あのあとどうしたかな。買い物を間違えたのはデリカシーのない俺のせいだったりして。
結構な血が滲んでしまったガーゼを見たら、急に傷が疼きだした。逃げるようにあの場を去った彼女のことが妙に気になって、ポケットからスマホを取り出した。