きみが空を泳ぐいつかのその日まで
家族
「家に帰ってきたらまずただいまでしょうが! こないだは大怪我で今日はいったいなんなの! たまには普通に帰宅しなさいよね」

リビングらしい部屋からゆったりした部屋着を着た美人のお姉さんがやってきた。あかちゃんを抱くというよりは、肩に担いでるけど。

角でも生えるんじゃないかと思うくらい不機嫌な声だったけど、久住君の後ろに隠れていた私に気づくとパッと表情を変えた。

「わ、ごめん! 彼女連れてくるんなら先に言ってよ〜」
「そういうのあとでいいから。神崎さんほら入って」

担がれていたあかちゃんが、久住君の声に反応するようにけぷっ、と可愛いげっぷをした。

「出た! やっと出た! ありがとう、これでベッドに転がせる」

久住君の話によると、弟君はげっぷが下手くそでそのまま放っておかれると不機嫌になるんだとか。げっぷに上手やへたくそなんてあるんだ……知らなかった。

こんなところまでのこのこやってきて引き返すこともできず、結局流されるまま久住家の皆さんに明るく迎え入れられてしまった。

汚れを気にして戸惑っているのは自分だけで、久住君のお母さんはどろどろに濡れているのをまるで意に介さなかった。

「理人のせいでそれなりに修羅場見てきてるからね」
「修羅場……ですか?」
「おい、余計なこと言うな」

いたずらな笑みをみせているこの人は、ほんとのお母さんじゃないんだよね。

すごく若いし、久住君は父子家庭だったって言ってたから。でも仲良しだし、言い合いだって楽しそう。安心してあかちゃんを彼に委ねてる。

そんなことを思いめぐらせていて、気づくとお風呂とお母さんの服を借りて制服が乾くのをリビングのソファにちょこんと座って待っていた。なにがどうしてこの状況になったのか、思考がまったく追いつかない。

「ご飯食べていってね!」
「いえ、そこまでは」

しどろもどろで返事もまともにできないのに、キッチンのお母さんはそんなことお構いなしに鼻歌まじりだった。

久住君はその横で弟君を抱いている。鍋のなかを見下ろして、弟君も指を吸いながら同じようにしてた。年齢差があったところで、絵に描いたような兄弟だ。
おっきいのと、ちっさいの。

「なんでおでん……もう夏になんのに」
「忙しいママなりの愛ある時短よ」
「圧力鍋に放り込んだだけじゃん。そういうの世間では手抜きって言うんだよ」
「何言ってんの。こうしたらなんでも美味しくなるんだって」

楽しそうにお鍋をぐるぐるかき回している。

「あえて大根崩そうとしてる?」
「そんなこと気にすんだ? あんたは器がちいさいね、もうちょっとパパの寛大さを見習ったら?」
「あれはただの天然ジジィじゃん」

会話ってすぐ絶えるものだと思ってた。でも、こんなふうに続く方が本当なんだってことを思い出した。うちにもそんな日があったなって。

< 27 / 81 >

この作品をシェア

pagetop