きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「そーだ。神崎さんに弟紹介しなきゃだな。雪人です。最近首が座ってドヤ顔するようになりました」
腹話術の人形みたいに口元をぱくぱくされる人とする人がこっちにやって来る。弟君はまったくの無抵抗でされるがまま。お兄ちゃんのおもちゃにされてるのに、むしろ喜んでいるみたい。
「か、かわいい……」
それはもう、そのすべてで無条件に人を骨抜きにしてしまうほどにかわいかった。
「抱っこしてみる?」
「うん、でもちょっと……こわいかな」
思わず手を引っ込めてしまった。
初めて間近に見るあかちゃんは自分にはちょっと敷居が高い。こんな素敵なものには、とても触れられそうにない。
「それわかるなぁ、あたしもそうだったよ。壊しちゃいそうで。でも意外とうちの男子たちは平気でお風呂なんかに入れてくれて。子育てなんてガサツなくらいがちょうどいいのかもね」
この人へそ曲がってて素直にお礼が言えないからと、久住君が私にだけ聞こえるようにちいさく言葉を添えた。
幸せな空間に迷いこんでしまった気分、そんな夢を見ているのかもしれない。
「ちなみにユキはぴかぴかの五ヶ月歳。これから更におデブになる予定。よろしく」
「こ、こちらこそよろしくです」
「赤ん坊に向かって真面目じゃなくていいから」
私たちのやり取りを見て、久住君のお母さんは眉尻を下げて笑いをこらえてた。
「つぼみちゃんさ、こないだ理人にお弁当作ってくれたでしょ」
そんなことまで知ってるんだ。ちょっとドキドキしてしまう。
「あれは、久住君が交換しようって……」
「ねぇその言い方更に誤解を招くけどいいの?」
彼は弟君をまた人形にして、その手で私の肩をつんつんしてきた。
「お互い名字呼びなのいいよね、パパも早く帰ってくればいいのにな」
「なんか頭んなかで勝手にドラマが展開してない?」
「ううん、映画だよ!」
そういえば久住君のお母さんはさっきから有名な純愛映画の主題歌を口ずさみながら料理してたかも。
あなたの息子さんは学校でもひときわ目立つイケメンで、いつも友達に囲まれてる人気者なんですよって教えてあげたくなる。
隣の席にならなければ、たぶん私とは関わることのなかった人ですって。
「うちの親めんどくさくてごめんな?」
それなのに久住君は否定も肯定もせず、困ったような顔で笑ってくれた。
制服が乾いたことを知らせる音が鳴って、部屋を移動してひとり、柔らかな感触の服を脱いだら夢から目覚めたような気持ちになった。
こもった体温があっという間に消えると、口の中でオブラートが溶けて、苦い薬の味が残ってしまったときのあの感覚を思い出した。
しかも借りていたはずのみどりさんのカーディガンが見当たらないことに気がついて、動揺した。どうしよう、駅に置いてきてしまったのかも。
「あの……私用事を思い出したので、もう帰ります。ありがとうございました」
バタバタとリビングに戻ると、ちょうど久住君のお母さんがキッチンから食卓にご飯を運んでいるところだった。部屋は食欲をくすぐるお出汁のいい匂いでいっぱい。
「それ、ご飯食べてからじゃダメなの?」
「すごく食べたいです。でも急がないといけなくて……」
うっかり本音が出て顔が赤くなるのを隠すように頭を深々と下げた。
「じゃ駅まで一緒に行こ。俺も店に行くつもりだったし」
「そっか……そうだった」
ドラッグストアへのお使いを邪魔してしまったんだった。
「ついでだよ」
久住君は何か言いたげなお母さんの顔をぎゅっと睨んで私の隣に並んでくれた。
「また遊びにきてね! 絶対だよ」
返事ができそうになくて曖昧な笑顔でごまかした。お母さんと弟君の笑顔を、しっかりと目に焼き付けておこう。
腹話術の人形みたいに口元をぱくぱくされる人とする人がこっちにやって来る。弟君はまったくの無抵抗でされるがまま。お兄ちゃんのおもちゃにされてるのに、むしろ喜んでいるみたい。
「か、かわいい……」
それはもう、そのすべてで無条件に人を骨抜きにしてしまうほどにかわいかった。
「抱っこしてみる?」
「うん、でもちょっと……こわいかな」
思わず手を引っ込めてしまった。
初めて間近に見るあかちゃんは自分にはちょっと敷居が高い。こんな素敵なものには、とても触れられそうにない。
「それわかるなぁ、あたしもそうだったよ。壊しちゃいそうで。でも意外とうちの男子たちは平気でお風呂なんかに入れてくれて。子育てなんてガサツなくらいがちょうどいいのかもね」
この人へそ曲がってて素直にお礼が言えないからと、久住君が私にだけ聞こえるようにちいさく言葉を添えた。
幸せな空間に迷いこんでしまった気分、そんな夢を見ているのかもしれない。
「ちなみにユキはぴかぴかの五ヶ月歳。これから更におデブになる予定。よろしく」
「こ、こちらこそよろしくです」
「赤ん坊に向かって真面目じゃなくていいから」
私たちのやり取りを見て、久住君のお母さんは眉尻を下げて笑いをこらえてた。
「つぼみちゃんさ、こないだ理人にお弁当作ってくれたでしょ」
そんなことまで知ってるんだ。ちょっとドキドキしてしまう。
「あれは、久住君が交換しようって……」
「ねぇその言い方更に誤解を招くけどいいの?」
彼は弟君をまた人形にして、その手で私の肩をつんつんしてきた。
「お互い名字呼びなのいいよね、パパも早く帰ってくればいいのにな」
「なんか頭んなかで勝手にドラマが展開してない?」
「ううん、映画だよ!」
そういえば久住君のお母さんはさっきから有名な純愛映画の主題歌を口ずさみながら料理してたかも。
あなたの息子さんは学校でもひときわ目立つイケメンで、いつも友達に囲まれてる人気者なんですよって教えてあげたくなる。
隣の席にならなければ、たぶん私とは関わることのなかった人ですって。
「うちの親めんどくさくてごめんな?」
それなのに久住君は否定も肯定もせず、困ったような顔で笑ってくれた。
制服が乾いたことを知らせる音が鳴って、部屋を移動してひとり、柔らかな感触の服を脱いだら夢から目覚めたような気持ちになった。
こもった体温があっという間に消えると、口の中でオブラートが溶けて、苦い薬の味が残ってしまったときのあの感覚を思い出した。
しかも借りていたはずのみどりさんのカーディガンが見当たらないことに気がついて、動揺した。どうしよう、駅に置いてきてしまったのかも。
「あの……私用事を思い出したので、もう帰ります。ありがとうございました」
バタバタとリビングに戻ると、ちょうど久住君のお母さんがキッチンから食卓にご飯を運んでいるところだった。部屋は食欲をくすぐるお出汁のいい匂いでいっぱい。
「それ、ご飯食べてからじゃダメなの?」
「すごく食べたいです。でも急がないといけなくて……」
うっかり本音が出て顔が赤くなるのを隠すように頭を深々と下げた。
「じゃ駅まで一緒に行こ。俺も店に行くつもりだったし」
「そっか……そうだった」
ドラッグストアへのお使いを邪魔してしまったんだった。
「ついでだよ」
久住君は何か言いたげなお母さんの顔をぎゅっと睨んで私の隣に並んでくれた。
「また遊びにきてね! 絶対だよ」
返事ができそうになくて曖昧な笑顔でごまかした。お母さんと弟君の笑顔を、しっかりと目に焼き付けておこう。