きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「じゃ行ってきまーす」
言いながら久住君が勢いよく玄関を開けたとたん、何か固いものとぶつかる鈍い音がした。
「あいたたっ」
「あ、ごめん」
「ただいま……」
額を押さえて苦笑しているのは、たぶん彼のお父さん。
いつもスーツのうちのお父さんとは違ってラフなニットに細いフレームの黒縁眼鏡をかけていて、おじさんというよりは知的な雰囲気のする大人の男の人だった。
目と目があってあわてて会釈すると、なんのためらいもなく笑ってくれた。
「いらっしゃい。ってもう帰るとこなのかな?」
「はい、あの……」
お邪魔しました?
お世話になりました?
それともどうしてここにいるのか、久住君との関係を説明するのが先? いや、いきなりそれじゃおかしいか。
戸惑うのは自分ばかりで、久住君のお父さんはただニコニコ笑っている。
「ドブに落ちたのを久住君に助けてもらって……で、お風呂など貸していただいて……ですね」
なんとなく説明……できたかな。
「ドブって、話盛るなよ」
久住君がくすくす笑って当たり前に私を見下ろしていて。
「ドブかぁ。考え事してて電柱にぶつかるのは子供の頃しょっちゅうだったけど、ドブに落ちたことは、まだないかもなぁ」
お父さんはなんだか独特な世界観の持ち主で、しっとり落ち着いた声で。
「母さん、親父ドブにはまったことないってさ!」
「かも、って言ってるから現実どうだかね〜」
母と息子の掛け合いはやっぱり息ぴったりで。久住家はひたすら明るい、あったかい。
久住君はお父さんと似てる。雰囲気というか、人と接するときのテンポが同じだ。
何か言いたくて言えないときに、最初の一言を急かしも待つこともしないで、ただそこにいてくれる、安心するあの感じ。
佇まいや笑い方、仕草もそっくり。
「パパおかえり! 待ってたの。理人が女の子連れてくるんだもん」
リビングからおっきな声が響くと、お父さんはまた柔らかく微笑んでくれた。
「そうか、改めましてこんにちは」
「こっ、こんにちは!」
テンション高いのと、のほほんで相性いいけど、うちの親クセ強めだから無視して、と久住君が耳元でため息混じりにつぶやいた。
「理人ほら、せっかくだからちゃんと紹介しなさいよ!」
お母さんが、ついにリビングからこっちに来てしまった。
「紹介っていっても同じクラスで」
「お、同じクラスの神崎です。遅くにお邪魔させてもらって、いろいろと……あっ、ありがとうございました。では、失礼しますっ」
自己紹介くらいできないと。
それとお礼、ちゃんとできただろうか。入れ違うとき、お父さんがふいに目をパチパチさせて、食い入るように見つめられたような気がした。
「久住継人、理人の父です。神崎さんはえーと」
「か、神崎つぼみといいます」
「そ、しかも隣の席。宿題みせてもらってんの」
「それは災難だわね。でも面倒みてやってね、席が離れてもバカ息子をお願いね?」
圧倒されて何も返せなかったけど、思わず雪人君を抱きしめているお母さんとたぶん今同じ気持ち、です。
席替えなんてなくていい。
本気で、そう思ってしまった。
「……つぼみさんか、いい名前だね」
お父さんは目尻にシワを寄せて、慈しむような顔で私の名前を呼んでくれた。
「なぁ父です、だけでよくない?」
「確かに〜、でもパパのそういう真面目なとこ好きよ?」
お父さんはそんなふたりのやり取りを嬉しそうに見守って、またゆっくり遊びにおいでと優しく声をかけてくれた。
言いながら久住君が勢いよく玄関を開けたとたん、何か固いものとぶつかる鈍い音がした。
「あいたたっ」
「あ、ごめん」
「ただいま……」
額を押さえて苦笑しているのは、たぶん彼のお父さん。
いつもスーツのうちのお父さんとは違ってラフなニットに細いフレームの黒縁眼鏡をかけていて、おじさんというよりは知的な雰囲気のする大人の男の人だった。
目と目があってあわてて会釈すると、なんのためらいもなく笑ってくれた。
「いらっしゃい。ってもう帰るとこなのかな?」
「はい、あの……」
お邪魔しました?
お世話になりました?
それともどうしてここにいるのか、久住君との関係を説明するのが先? いや、いきなりそれじゃおかしいか。
戸惑うのは自分ばかりで、久住君のお父さんはただニコニコ笑っている。
「ドブに落ちたのを久住君に助けてもらって……で、お風呂など貸していただいて……ですね」
なんとなく説明……できたかな。
「ドブって、話盛るなよ」
久住君がくすくす笑って当たり前に私を見下ろしていて。
「ドブかぁ。考え事してて電柱にぶつかるのは子供の頃しょっちゅうだったけど、ドブに落ちたことは、まだないかもなぁ」
お父さんはなんだか独特な世界観の持ち主で、しっとり落ち着いた声で。
「母さん、親父ドブにはまったことないってさ!」
「かも、って言ってるから現実どうだかね〜」
母と息子の掛け合いはやっぱり息ぴったりで。久住家はひたすら明るい、あったかい。
久住君はお父さんと似てる。雰囲気というか、人と接するときのテンポが同じだ。
何か言いたくて言えないときに、最初の一言を急かしも待つこともしないで、ただそこにいてくれる、安心するあの感じ。
佇まいや笑い方、仕草もそっくり。
「パパおかえり! 待ってたの。理人が女の子連れてくるんだもん」
リビングからおっきな声が響くと、お父さんはまた柔らかく微笑んでくれた。
「そうか、改めましてこんにちは」
「こっ、こんにちは!」
テンション高いのと、のほほんで相性いいけど、うちの親クセ強めだから無視して、と久住君が耳元でため息混じりにつぶやいた。
「理人ほら、せっかくだからちゃんと紹介しなさいよ!」
お母さんが、ついにリビングからこっちに来てしまった。
「紹介っていっても同じクラスで」
「お、同じクラスの神崎です。遅くにお邪魔させてもらって、いろいろと……あっ、ありがとうございました。では、失礼しますっ」
自己紹介くらいできないと。
それとお礼、ちゃんとできただろうか。入れ違うとき、お父さんがふいに目をパチパチさせて、食い入るように見つめられたような気がした。
「久住継人、理人の父です。神崎さんはえーと」
「か、神崎つぼみといいます」
「そ、しかも隣の席。宿題みせてもらってんの」
「それは災難だわね。でも面倒みてやってね、席が離れてもバカ息子をお願いね?」
圧倒されて何も返せなかったけど、思わず雪人君を抱きしめているお母さんとたぶん今同じ気持ち、です。
席替えなんてなくていい。
本気で、そう思ってしまった。
「……つぼみさんか、いい名前だね」
お父さんは目尻にシワを寄せて、慈しむような顔で私の名前を呼んでくれた。
「なぁ父です、だけでよくない?」
「確かに〜、でもパパのそういう真面目なとこ好きよ?」
お父さんはそんなふたりのやり取りを嬉しそうに見守って、またゆっくり遊びにおいでと優しく声をかけてくれた。