きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「……すごくわかるよ、久住君のその気持ち」

呟いたら、久住君は嬉しそうに声を弾ませた。

「ほらやっぱ俺ら一緒じゃん。魂スベスベじゃん」
「えっと。つるつるじゃなかったっけ?」

目を背けたくなる現実と対峙していても、彼がそばにいてくれるとなぜかいつも笑ってる。

いつ笑い方を忘れてもおかしくなかった。忘れていいとすら思ってた。

誰かに何かを伝えるということを諦めてしまっても、それもしょうがないかって、ため息ひとつですませることができた。
だけど彼がそばにいると顔をあげずにいられない。

「うちのクラスさ、変なヤツらばっかだからまだまだ緊張したり戸惑うこともあるだろうけど、神崎さんと話したいと思ってるやつ結構いると思うよ」

どこか遠くに想いを馳せるようなその視線の先に、今何が見えてるのかな。一緒に同じ景色を見られたら、私の世界はきっとひっくり返るんだろうな。

「じゃあ……今度のクラスマッチ、頑張ってみようかな。みんなと仲良くなるきっかけくらいには、なるといいけど」
「女子はバレーだっけ? 応援いくわ!」
「いや、できれば見ないで欲しい」
「……あーなるほど」
「緊張するし、絶対笑うでしょ」

運動神経いいわけないかって顔にかいてあるのがくっきり見えた。
目と目を合わせて笑いあってる今を切り取って、ポケットのなかにしまえたらいいのにな。

まるで種も仕掛けもない手品を見ているみたいに、次々に知らない自分を発見して心が躍る。いつか自分を好きになりたい。
神様にそう願ってしまった。

「あのさ」
「うん」
「いつも笑ってろよ、そんなふうに。遠慮すんな。自分を制限しなくていいよ」

神様から返事が来たのかと思った。
流星みたいに、欲しかった言葉が降ってきたから。

きゅっと口角があがるこの笑顔に何度救われたのかわかんない。正の字をつけておけばよかったな。

「なぁ人の話、聞いてる?」
「聞いてるよ。すごく、ちゃんと聞いてる」

ぎゅっと自転車のハンドルを握り返す。

「久住君、いつもありがとう。でももう少しだけつきあってくれないかな。みどりさんの服、一緒に探してくれる?」

純度100%で、つるつるですべすべの魂に触れられたらいいのに。

「最初からそのつもりでいたけど、伝わってなかった?」

笑いあって頬が上気して、惨めだったことも寒かったことも全部を忘れた。

それなのに、服はどこを何度も幾日探しても、いつまでもみつかることはなかった。
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