きみが空を泳ぐいつかのその日まで
姉妹
ショッピングモールを出て、ふたりで駅へと歩いているとき、久住君は背が高いんだということに気づいて驚いた。
いつも中途半端にうつむいていたからだ。そんなこと、今更思うなんて。

手が届く距離に彼の背中がある。
制服のシャツが夜風にふくらんでそのあとぴったり背中に張りつくと、見上げた先に肩甲骨があるのがよくわかった。

すらりとした首筋。
まっすぐな後ろ姿がきれい。
吸い込まれるまま見とれている自分が恥ずかしくなって、あわてて目を逸らした。

いくら胸の高鳴りをごまかそうとしても、今度は足許が目に入って靴のサイズの違いにすらドキドキしてしまった。
そういえば借りたパーカーだってブカブカだった。これじゃ、まるで恋みたいだ。

「神崎さんて、普段小説とか読むの?」

そういえば下ばかり見ている私が顔を上げるのは、たいがい久住君に名前を呼ばれたとき。

「読むのはすきだよ。スマホが多いけど、学校には文庫持ってくし」

久住君がいつもと同じようにつづきを待ってくれている。だからそこまで話して、また息を吸った。

「久住君は読みたい本があるくらいだから、きっと読書家なんだね」
「まさか。探してたのは昼寝しそこなってうっかり読んじゃったアイマスクだし」
「アイマスク? それ、タイトル?」
「なわけないじゃん。そんなん売れないだろ」

確かに売れなさそうだし、面白くなさそう。

「本屋さんなら西口にもあるよ。何ていうタイトル?」

そう言ったら、久住君はちょっと顔を赤くした。

「……こういうやつなんだけど」

ポケットから取り出した年季の入った文庫本を、彼は無愛想なくらいそっけなくこっちに手渡した。それには、色がくすんでしまった簡易カバーがかかってた。

「これと同じものを探してるの?」
「うん。読む気なんかなかったんだけど、うっかり読んじゃって」

表紙にそっと、指を滑り込ませてみた。

「しかも途中がないんだよこの本。おもいっきり一ページだけ」
「ないって、破けてるってこと?」

なぜか胸の辺りがざわつく。

「だから先に進めなくてムキになって探してんだけど。意外と古本屋なんかにあんのかもね」

手にしていた本を慌てて開いた。
その箇所はたやすく見つかり、前後の内容にさっと目を通したら、ゆっくりと体内の時間が凍結していった。

「久住君これ……でもこんなことって、あるのかな」
「なに、なんの話?」

なくしたあの紙に印字されていたページ数を思い出す。合ってる。きっと同じだと思う。

こめかみのあたりが脈打って、軽い目眩がする。ちぎれたあとの波うつ形すら、何もかもがみどりさんから託されたものと同じような気がしてくる。

「この本どこで?」
「親父にもらったんだ。だいぶ前だけど」
「前? 最近じゃなくて?」

何かが繋がりそうで、何もかもが繋がらない。

「普通中学生くらいの息子にこんなの渡す?しかも登場人物の名前が━━」

久住君はそこで拒否反応を起こしたみたいに言葉を止めた。

「ツグト君とアオイさん?」
「神崎さん、この本読んだことあるんだ?」
「読んだことあるっていうか……これ、たぶん」

待って?……ツグト君て。
声にしたらその音に聞き覚えがあることに気がついた。

「……私がたった今探してる本だと思う」
「うそ!」

頭のなかにいくつかのピースがあって、丁寧に嵌め込んでいけば確かな絵が見えるはずなのに、何も形にならない。

どうして私と久住君が同じものを探しているのか、わからない。
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