きみが空を泳ぐいつかのその日まで
やみくもに走り、国道にかかる歩道橋の上で足を止めた。
眼下を行き交う車のライトが涙でにじんだ目には流星群みたいに見える。

キレイだな、ミルキーウェイっていうんだっけ。天の川。
飛び込んだら、うまく泳げるかな。
うまく、星になれるかな。
うまく……死ねるかな。

でも、手すりを越えようとしたとき、制服の裾を強くひっぱられて、尻餅をついた。

誰も邪魔しないで。もう自由にさせてよって思ったら、痛くて泣けてきた。
情けなくて惨めで悲しくて悔しくて、苦しくて苦しくて。

そんなふうに涙でぐちゃぐちゃになった顔に
誰かの手が優しく触れた。

「みーちゃん」

その声をはっきりとらえたくて、涙を拭いた。

「みどりさん……痛いよ」
「そう? よかった。ちゃんと生きてる証拠だね」

道端にへたりこんだまましゃくりあげる私の頭を、彼女は優しく撫でてくれた。

「みどりさんは、誰なの?」
「あたしはあたしだよ。みーちゃんてば変なの」
「だって、どうしていつも消えたいって……死にたいって思ったら、現れるの?」

そう言ったら、彼女はいつものようにふわりと微笑んだ。

「言ったね、今」
「え?」
「死にたいって」

息を詰まらせて咳込んでしまった背中に、みどりさんの手がそっと触れた。

「いいよ。それでいいの」
「いいわけ、ないよ」

どうして何の迷いもなく首を横にふることができるのか。

「いけなくなんかない。生きてれば死にたいときもある。そう言えないことのほうが、よっぽど辛いもん」

そう言ってから、彼女がゆっくり夜の空気を吸い込んだのがわかった。

「みーちゃん、もうお別れの時間みたい」

唐突に突き付けられたさよならに、嗚咽すら止まった。

「なんで? やっと会えたのにどうしてそんなこと言うの? 服はなくしたままだし、謝りたいことも伝えたいこともいっぱいあるのに」

言葉を絞り出そうとすると、喉が焼けるように痛くなった。

「いいの、何も探さなくて。あたしにはもう必要ないの。お洋服も本もなんにも。だから気にしないで、はやく行きなさい」

諭すみたいな大人びた口調を、はじめて聞いた。

「みどりさんこそなんでこんな時間にこんなとこにいるの? さっさと帰らないとあかちゃんが可哀想だよ」

彼女と話していると、なぜかいつもあかちゃんが泣いている気がするんだ。

「だから大丈夫なんだって。あの子にはパパがいるから」

いつかと同じ台詞で、いつかと同じように彼女はそう言った。

「ねぇそのパパって、みどりさんのあかちゃんって、もしかして」
「うん」
「ちゃんと答えてくれる?」
「いいよ」

彼女の瞳のなかに、初めて会ったあのときと同じように私がくっきりと映っていた。

「みどりさんは、ほんとうは、アオイさんなんじゃないの?」

車が行き交う光と音のなかに、微かにサイレンが響いて、耳の奥でずっとそれが消えなかった。

「そうだよ。あたしは葵だよ。ごめんね、いっぱい、嘘ついちゃって」

あわてることもうろたえることもなく、みどりさんは瞬きひとつせずまっすぐ私を見ていた。

「なんで嘘なんか……」
「だってすべてを知る必要はないし、オバケ出たって思われたくなかったんだもん」

明るく、笑ったりしなくていいのに。

「あなたがアオイさんなら私は……」

声が、うわずって震えた。

「私はあかちゃんだった久住君からママを取り上げて、旦那さんからは最愛の人を奪ったってこと? あなたからは何もかもを、取り上げてしまったってことだよね?」

舌がもつれる。
彼女は愛しい旦那さんとあかちゃんのところに帰らないんじゃない。帰れない人だった。

ごめんなさい。
ほんとうにごめんなさい。
歯がカタカタと音をたてて、言うべき言葉が口のなかで粉々になっていった。
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