きみが空を泳ぐいつかのその日まで
涙
目覚めたのは、病院で何日も眠り続けた後のことだったらしい。
いろんなことをひとつずつ、紐解くように思い出した。その度に胸が痛んだけれど、体はどこも痛くない。
それなのに、いつまでも退院できないのはどうしてなんだろう。
入院生活が続いたそんなある日、久しぶりに家族四人がそろってテーブルを囲んだ。自宅のリビングではなく、面談室という殺風景な場所だったことが、あの夜は悪夢なんかではなく現実だったことを物語っているようだった。
今回のことで久住君の家族と顔を会わせたとき、ご無沙汰していますってお互いが挨拶したとお父さんが重い口を開いた。
大人たちが15年前のことをもう一度改めて話しあって、そしてそのことを子供たちにきちんと話そうと決め、少なくとも私には、今そうしてくれている。
久住君は大きな怪我もなく、早々と退院したらしい。心から安心して、ほんとうによかったと思った。
隣でずっとうつむいている千絵梨も、きっと同じ気持ちなんだろう。
彼が生きているだけで
それ以外に大事なことなんて何もないような気さえした。
私は久住君に会っていたんだ。
まだよちよち歩きの頃、ふたりがじゃれあうのを彼のお母さんは病室のベッドから眩しそうに見つめていたって。でも数日後、容体は急変した。
久住葵さん。享年26歳。
旦那さんは誰も責めたりしなかったけれど、両親はそんな美談が私たち家族にとってなんの慰めにもならないことをわかっていた。
だからせめて物心がつくまでと、娘の罪を自分達だけの胸に秘めた。
そして久住君のお父さんも、最終的にはそれを了承してくれた。
「でも、それは間違いだった」
お父さんがそう言葉を繋いだら、隣にいたお母さんは微かに頷いた。
「お父さんはもうそろそろ本当のことを話そうってずっと言っていたの。助けてくれた方に感謝して生きることを教えるべきだって。でもお母さん、ショックだろう、傷つくだろうって思ったらやっぱりそれに賛成できなかった。でもつぼみのこと、信じるべきだったよね」
お母さんの口からこぼれた言葉は、ずっと出口を求めていたのに、長年お腹の底に置き去りにされて石化してしまったみたいに重かった。
それはたぶん後悔というもので、過ちかもしれなくて、間違った選択だったかもしれなくても、確かに娘を想うふたりの愛情だった。
学校も学年も違う千絵梨と久住君との出会いだって、もしかしたら運命的なことだったのかもしれない。
それなのに、傷付く必要のないふたりを巻き込んでいたことにすら気づかずに、私は自分だけが辛いと被害者ぶってた。
開かれた窓から暖かい午後の陽射しが差し込んで、白いカーテンが柔らかく膨らんでいる。こんなに素敵なお天気なのに、頭が重くて、息苦しいのはなぜだろう。
いろんなことをひとつずつ、紐解くように思い出した。その度に胸が痛んだけれど、体はどこも痛くない。
それなのに、いつまでも退院できないのはどうしてなんだろう。
入院生活が続いたそんなある日、久しぶりに家族四人がそろってテーブルを囲んだ。自宅のリビングではなく、面談室という殺風景な場所だったことが、あの夜は悪夢なんかではなく現実だったことを物語っているようだった。
今回のことで久住君の家族と顔を会わせたとき、ご無沙汰していますってお互いが挨拶したとお父さんが重い口を開いた。
大人たちが15年前のことをもう一度改めて話しあって、そしてそのことを子供たちにきちんと話そうと決め、少なくとも私には、今そうしてくれている。
久住君は大きな怪我もなく、早々と退院したらしい。心から安心して、ほんとうによかったと思った。
隣でずっとうつむいている千絵梨も、きっと同じ気持ちなんだろう。
彼が生きているだけで
それ以外に大事なことなんて何もないような気さえした。
私は久住君に会っていたんだ。
まだよちよち歩きの頃、ふたりがじゃれあうのを彼のお母さんは病室のベッドから眩しそうに見つめていたって。でも数日後、容体は急変した。
久住葵さん。享年26歳。
旦那さんは誰も責めたりしなかったけれど、両親はそんな美談が私たち家族にとってなんの慰めにもならないことをわかっていた。
だからせめて物心がつくまでと、娘の罪を自分達だけの胸に秘めた。
そして久住君のお父さんも、最終的にはそれを了承してくれた。
「でも、それは間違いだった」
お父さんがそう言葉を繋いだら、隣にいたお母さんは微かに頷いた。
「お父さんはもうそろそろ本当のことを話そうってずっと言っていたの。助けてくれた方に感謝して生きることを教えるべきだって。でもお母さん、ショックだろう、傷つくだろうって思ったらやっぱりそれに賛成できなかった。でもつぼみのこと、信じるべきだったよね」
お母さんの口からこぼれた言葉は、ずっと出口を求めていたのに、長年お腹の底に置き去りにされて石化してしまったみたいに重かった。
それはたぶん後悔というもので、過ちかもしれなくて、間違った選択だったかもしれなくても、確かに娘を想うふたりの愛情だった。
学校も学年も違う千絵梨と久住君との出会いだって、もしかしたら運命的なことだったのかもしれない。
それなのに、傷付く必要のないふたりを巻き込んでいたことにすら気づかずに、私は自分だけが辛いと被害者ぶってた。
開かれた窓から暖かい午後の陽射しが差し込んで、白いカーテンが柔らかく膨らんでいる。こんなに素敵なお天気なのに、頭が重くて、息苦しいのはなぜだろう。