きみが空を泳ぐいつかのその日まで
お父さんはもう学校へは行かなくていいと言ったけれど、迷った末にその言いつけを無視した。

お父さんの言うことを聞いていれば、きっと傷つかなくてすむ。だけど自分には、まだするべきことがあるという強い思いを止めることはできなかった。

久しぶりに登校した朝、なんとか正門と昇降口はクリアしたものの、教室前まで来ると緊張のあまり体が痺れだした。

賑やかな談笑にも窓から差し込むきれいな朝の光にも、すべてに拒絶されている気がして足がすくむ。

それに前の席にはもう違う子が座っていて、カバンから教科書を出しながら隣の子と楽しげにおしゃべりをしていた。

欠席していた間にきっと席替えをしたんだ。
この状況で、どうやって自分の席をみつけたらいいんだろう。

「あっ、ひさしぶりじゃん!風邪こじらせたんだって? もう治ったんだね」

困惑していたら、声をかけられて思わず絶句した。胃もたれをおこしそうなほどの声で私を呼んだのは、あの戸田さんだった。

「登校拒否じゃなかったかぁ」
「んなわけないじゃん」

そんな声もしっかり聞こえてくる。

「そうだ、昨日席替えしたんだよ、神崎さんの新しい席はここね!」

あまりにも不憫に見えたのか、親切に席まで教えてくれた。でも彼女の言葉の端々はどこかとげとげしくて、目も笑っていなくて、緊張はほどけたりしなかった。

「ほら、なにしてんの。こっちおいでよ?」

ガチガチのままで、戸田さんのいる輪へと突進した。

「えと、あのっ」

席はここだと教えてくれたのに、戸田さんはそこに座ったまま、一向にどこうとはしなかった。そのうえ、あっという間に女子たちに囲まれた。

「てか神崎さんて、下の名前なんだっけ?
忘れちゃったっていうか、知らないや」
「えー、ひっどーい! てかあたしも知らない」

戸田さんの言葉で、周りの子達がいっせいに笑った。戸田さんはわたしの顔を一瞥しただけで、すぐ手元の雑誌に視線を戻していた。

「ねぇ、それ失礼すぎだよ? 神崎さんはちぃ先輩の妹さんなのに」

急激に息があがって、手から変な汗がしみだしてきた。制服のスカートのうえから太ももを強くつねって、その不快感にどうにか耐えた。

「ごめんね、勘違いしてて」

戸田さんの思いがけない言葉に、息を飲む。

「美人でスポーツ万能のお姉ちゃんが久住の元カノなんだってね。それであいつと面識あって仲良かっただけなんでしょ」
「別に仲良くなんて……」

この空白を埋めるのはあんただよ、と周りの視線に責められる。

「あっ、親が離婚してもうお姉ちゃんとは音沙汰なしだったっけ? だから名字も違うんだね。ごめんねぇ、西脇先輩じゃない頃の、神崎先輩だった頃のことは全然知らなくて」

戸田さんが毛先を気にしながら悪意たっぷりで挑発する。固めてきたはずの決意が、早くも鈍りそうだった。

「ねぇ、これからは仲良くしよーね」

これからいったい何が始まろうとしているのか、それを思うと怖くて返事なんかできなかった。

「とりあえず放課後、みんなでどっか遊びいこう。快気祝いってやつ」
「それ、いい!」
「はーい、じゃあ放課後集まれるひとぉー!」

いつの間にかクラス中が盛り上がっていて、それに圧倒されたまま、その場に立ち尽くした。
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