きみが空を泳ぐいつかのその日まで
教室のどこにも、久住君の姿はない。
まだ来ていないだけなのか、それとも欠席だろうか。
顔を合わせたところで気まずいだけなのに、それでも彼のことが気になって仕方なかった。
「久住は助けてくれないからね」
そんな不安を見抜くかのように戸田さんが低く吐き捨てた。
「あいつ他校の子とトラブったらしくって長く謹慎中なの。久住のいない学校に来るのが不安だとか、まさかそんなこと思ってないよね?」
刺すような視線も、自信に満ちた口調も、嫌悪感でいっぱいだった。
「そんなんじゃ、ないけど」
「じゃあ絶対休まないよね? 何かあったらあたしたちが助けてあげるからさ」
「そうそう、うちらお友達だし?」
嘲笑という、いっせい攻撃を浴びた。
でもその時救いのようにチャイムが鳴って、つかの間でもこの時間から解放されると安堵した。
でも椅子の背もたれを掴んだら、何かがべったりと手に貼り付いた。
それは噛んだ後のガムで半端に柔らかく、香水のように甘美な匂いを放っていた。
不快にうろたえる私をずっと期待していたのか、待ってましたと言わんばかりにみんながクスクス笑う。
堪えればいい。堪えられるはず。
だって学校を休むわけにはいかないの。彼に渡されたままのあの本を返さなくちゃいけないから。
気が滅入る長い1日をいくつかやり過ごしたある日、久住君は何事もなかったように登校してきた。居眠りやサボり癖、謹慎の件もあって、彼の席は教壇の真ん前。
そんな目立つ場所まで行くことはできないけれど、いつかチャンスはあるかもしれないと、少しだけ希望が持てた。
でもきっと目も合わせられないし、会話も交わせない。
しかもみんなの監視の目を盗んで、なるべく早く自然にあの本を返すにはどうしたらいいんだろう。
ずっと両手のなかに隠していたし言葉もかけなかったのに、教室を出ていこうとする久住君に視線を向けたとたんに戸田さんたちが現れた。
「なにこれ」
「あっ、それは……!」
大事な本をあっけなく奪われ、散々汚い趣味が悪いと罵られバカにされた。
「もしかしてこの本、久住に渡そうとしてた?」
「純愛小説だったりして!」
「うっわ、キモいよそういう告白」
「やめて! お願い返して!」
「なんかばっちぃから代わりに捨ててきてあげるね?」
必死の声も願いも届かず、あっけなくゴミ箱に放り込まれてしまった。
「ついでにこれも捨てとこーっと」
「げっ、あんたどんだけゴミためてたわけ?」
ジュースのパックやお菓子の包装紙、使用済みのデオドラントシートやレシートなどが次々その上から捨てられていった。
彼女達の楽しげな笑い声を無視して、ゴミ箱の中身を必死に漁った。
「なんか手震えてない? もしかして宝物だった?」
「にしてもキョドりすぎでしょ」
確かに震えてた。
ごみクズすらうまく掻き分けられなかった。
でもそれは、捨てられてよかった、裂かれたりしなくてよかったと、心底安堵していたから。ただ、彼にはこんな日常を知られたくない。
その日久住君はどこへ行って誰と顔を合わせても歓迎され髪をモジャモジャにされてた。いつも通りのみんなの人気者。
「謹慎明けで髪色変えてくるとかちっとも反省してねーじゃん!まぁ理人らしいっちゃ、らしいけど」
男の子達が明るく笑っても、久住君は不機嫌に乱れた髪を直すだけ。
なるべく目を向けないよう気を付けていたから気づかなかったけれど、いつの間にか彼の髪色は明るい茶色になっていて、まるで知らない人のように見えた。
気まぐれに部活に顔を出したり友達と帰ってしまったり、彼はその日を境に放課後をクラスメートと過ごしているようだった。
そんな様子を見て、クラスの誰かが彼に声を掛けた。
「おまえ、夜寝かしてくれないって噂のエロカノと別れたんだ?」
そしたら久住君は遠くを見たまままぁねって返事して、それきり何も言わなかった。
まだ来ていないだけなのか、それとも欠席だろうか。
顔を合わせたところで気まずいだけなのに、それでも彼のことが気になって仕方なかった。
「久住は助けてくれないからね」
そんな不安を見抜くかのように戸田さんが低く吐き捨てた。
「あいつ他校の子とトラブったらしくって長く謹慎中なの。久住のいない学校に来るのが不安だとか、まさかそんなこと思ってないよね?」
刺すような視線も、自信に満ちた口調も、嫌悪感でいっぱいだった。
「そんなんじゃ、ないけど」
「じゃあ絶対休まないよね? 何かあったらあたしたちが助けてあげるからさ」
「そうそう、うちらお友達だし?」
嘲笑という、いっせい攻撃を浴びた。
でもその時救いのようにチャイムが鳴って、つかの間でもこの時間から解放されると安堵した。
でも椅子の背もたれを掴んだら、何かがべったりと手に貼り付いた。
それは噛んだ後のガムで半端に柔らかく、香水のように甘美な匂いを放っていた。
不快にうろたえる私をずっと期待していたのか、待ってましたと言わんばかりにみんながクスクス笑う。
堪えればいい。堪えられるはず。
だって学校を休むわけにはいかないの。彼に渡されたままのあの本を返さなくちゃいけないから。
気が滅入る長い1日をいくつかやり過ごしたある日、久住君は何事もなかったように登校してきた。居眠りやサボり癖、謹慎の件もあって、彼の席は教壇の真ん前。
そんな目立つ場所まで行くことはできないけれど、いつかチャンスはあるかもしれないと、少しだけ希望が持てた。
でもきっと目も合わせられないし、会話も交わせない。
しかもみんなの監視の目を盗んで、なるべく早く自然にあの本を返すにはどうしたらいいんだろう。
ずっと両手のなかに隠していたし言葉もかけなかったのに、教室を出ていこうとする久住君に視線を向けたとたんに戸田さんたちが現れた。
「なにこれ」
「あっ、それは……!」
大事な本をあっけなく奪われ、散々汚い趣味が悪いと罵られバカにされた。
「もしかしてこの本、久住に渡そうとしてた?」
「純愛小説だったりして!」
「うっわ、キモいよそういう告白」
「やめて! お願い返して!」
「なんかばっちぃから代わりに捨ててきてあげるね?」
必死の声も願いも届かず、あっけなくゴミ箱に放り込まれてしまった。
「ついでにこれも捨てとこーっと」
「げっ、あんたどんだけゴミためてたわけ?」
ジュースのパックやお菓子の包装紙、使用済みのデオドラントシートやレシートなどが次々その上から捨てられていった。
彼女達の楽しげな笑い声を無視して、ゴミ箱の中身を必死に漁った。
「なんか手震えてない? もしかして宝物だった?」
「にしてもキョドりすぎでしょ」
確かに震えてた。
ごみクズすらうまく掻き分けられなかった。
でもそれは、捨てられてよかった、裂かれたりしなくてよかったと、心底安堵していたから。ただ、彼にはこんな日常を知られたくない。
その日久住君はどこへ行って誰と顔を合わせても歓迎され髪をモジャモジャにされてた。いつも通りのみんなの人気者。
「謹慎明けで髪色変えてくるとかちっとも反省してねーじゃん!まぁ理人らしいっちゃ、らしいけど」
男の子達が明るく笑っても、久住君は不機嫌に乱れた髪を直すだけ。
なるべく目を向けないよう気を付けていたから気づかなかったけれど、いつの間にか彼の髪色は明るい茶色になっていて、まるで知らない人のように見えた。
気まぐれに部活に顔を出したり友達と帰ってしまったり、彼はその日を境に放課後をクラスメートと過ごしているようだった。
そんな様子を見て、クラスの誰かが彼に声を掛けた。
「おまえ、夜寝かしてくれないって噂のエロカノと別れたんだ?」
そしたら久住君は遠くを見たまままぁねって返事して、それきり何も言わなかった。