きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「息つぎだってもっと上手くなるよ」
「だね。前より全然話せるようになった気がする」
全部君のお陰だよと、ほんとうは伝えたい。
昨日のことや明日のこと。
その先にある、未来のこと。
なんでもないことを、とりとめもなく話してみたかったって、彼に伝えてしまいたい。
胸が痛い。苦しい。
でもそれさえ愛しいのは、彼に会えたからこその痛みだと思えるから。
「俺、もう部活もサボんないし家族からも逃げない。そっちは?」
「えと……お父さんと仲良くする、つもり」
「うん、そっか」
子供みたいな宣言を、久住君は真剣な顔で聞いてくれた。
「俺の母ちゃん、あの子が助かってよかったって心から言ってたって。あの人……じゃなくて親父がそう言ってたから信じていいと思う」
じわりと優しく、胸が痛んだ。
「俺も神崎さんが生きててよかったって思ってるよ。たとえ誰かを傷つけても、どんだけ傷ついても……そばにいたいと思える人に会えたから」
そう言い切って、大きく息を吸い込んだのは久住君の方だった。
「つまり、大事な人に泣いてもいいよって言えるようになりたいんだ」
固く閉じていた自分の口が無様に曲がるのがわかった。瞬きをしないよう、必死に我慢した。
「……わかる?」
同意を求められて、そのまま強く頷いたら、嘘みたいに大粒の涙がボロボロと音をたてて落ちた。それは足元で、うんざりするほどいつもと代わり映えのないシミになった。
だけどそれは、私が今まで流した涙の中で、いちばん美しいものだった。
「わかるよ。私も、おんなじ」
私も、おんなじだった。
その台詞を言ってあげたかった。
大事な人に。
あの時泣いていた久住君に。
「俺は言えるようになるから。強くなるから」
真昼の目映い陽射しを反射して、一瞬揺れた瞳が私を静かに捉えていた。
「あとそれは俺のための本なんかじゃない。教えとくよ、金魚は泳いでる。次のページでも、その次の次のページでも」
もう、涙をとめようとは思わなかった。
泣いて泣いて、泣いてしまっていい。
「だけど俺のだから、ちゃんと返してもらうから……」
涙がすべてをさらっていった。
なにもかもを、洗い流していった。
「だから、さよならは言わない。俺、神崎さんのことが好きだよ」
ふわりと柔らかな風が吹いた。
「うん……私も」
大きく頷くと、久住君は約束を置いていくように私の頭を撫でてくれた。
これからもずっと好き。
大好き。
いつかそれを伝えにいくね。
「じゃあ、またね」
「……またね」
そっと離れる手。
スタンドを蹴る音。
それはきっと、ここから始めようって合図。
「だね。前より全然話せるようになった気がする」
全部君のお陰だよと、ほんとうは伝えたい。
昨日のことや明日のこと。
その先にある、未来のこと。
なんでもないことを、とりとめもなく話してみたかったって、彼に伝えてしまいたい。
胸が痛い。苦しい。
でもそれさえ愛しいのは、彼に会えたからこその痛みだと思えるから。
「俺、もう部活もサボんないし家族からも逃げない。そっちは?」
「えと……お父さんと仲良くする、つもり」
「うん、そっか」
子供みたいな宣言を、久住君は真剣な顔で聞いてくれた。
「俺の母ちゃん、あの子が助かってよかったって心から言ってたって。あの人……じゃなくて親父がそう言ってたから信じていいと思う」
じわりと優しく、胸が痛んだ。
「俺も神崎さんが生きててよかったって思ってるよ。たとえ誰かを傷つけても、どんだけ傷ついても……そばにいたいと思える人に会えたから」
そう言い切って、大きく息を吸い込んだのは久住君の方だった。
「つまり、大事な人に泣いてもいいよって言えるようになりたいんだ」
固く閉じていた自分の口が無様に曲がるのがわかった。瞬きをしないよう、必死に我慢した。
「……わかる?」
同意を求められて、そのまま強く頷いたら、嘘みたいに大粒の涙がボロボロと音をたてて落ちた。それは足元で、うんざりするほどいつもと代わり映えのないシミになった。
だけどそれは、私が今まで流した涙の中で、いちばん美しいものだった。
「わかるよ。私も、おんなじ」
私も、おんなじだった。
その台詞を言ってあげたかった。
大事な人に。
あの時泣いていた久住君に。
「俺は言えるようになるから。強くなるから」
真昼の目映い陽射しを反射して、一瞬揺れた瞳が私を静かに捉えていた。
「あとそれは俺のための本なんかじゃない。教えとくよ、金魚は泳いでる。次のページでも、その次の次のページでも」
もう、涙をとめようとは思わなかった。
泣いて泣いて、泣いてしまっていい。
「だけど俺のだから、ちゃんと返してもらうから……」
涙がすべてをさらっていった。
なにもかもを、洗い流していった。
「だから、さよならは言わない。俺、神崎さんのことが好きだよ」
ふわりと柔らかな風が吹いた。
「うん……私も」
大きく頷くと、久住君は約束を置いていくように私の頭を撫でてくれた。
これからもずっと好き。
大好き。
いつかそれを伝えにいくね。
「じゃあ、またね」
「……またね」
そっと離れる手。
スタンドを蹴る音。
それはきっと、ここから始めようって合図。