転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 液肥がないと涙ながらに訴えたところ、アークロイドはすぐに手配してくれ、翌週にはシャーリィの手元にプラスチックの容器に入れられた液体が届けられた。
 これで当面の問題は解決である。毎日の水やりも順調だ。気温も上昇してきたし、そろそろ夕方の水やりも開始したほうがいいかもしれない。

(ふふん。葉っぱもすくすく伸びているし、誘引の紐も用意しておこうかな)

 梱包用の紐なら、資材置き場にいくらでもある。

「姫様、ご機嫌ですね」

 一緒に屈んで鉢を見つめるミュゼに、シャーリィは頬を緩めたまま振り向く。
 今は、仕事で忙しいときに水やりを代わってもらうために、レクチャーをしている最中である。前世の友人いわく、水はやりすぎでも、少なすぎてもだめなのだ。
 ちょうどいい案配を教えるためにも、じょうろで最適な水分量を指示し、根元に水をあげることをしっかり伝えておく。

「横着して、葉っぱに水をかけないように気をつけてね。収穫できたら、ミュゼにも採れたてミニトマトをプレゼントするからね」
「お気持ちだけ結構ですよ。せっかく姫様が丹精込めて作ったお野菜なんですから」

 微笑みながら辞退されたが、シャーリィの心はすでに決まっている。

「遠慮は無用よ。美味しいものは誰かと分かち合いたいじゃない。……あ、でもアークロイド殿下にもお裾分けしなくちゃ」
「トルヴァータ帝国の皇子様ですか? 部屋で引きこもっていらっしゃると聞きましたが」
「今は魔木の研究をしているのですって。自国にはないから、どんな性質があるのか、興味を引かれたみたいね」
「ははあ、アレを研究するとは物好きな方ですね」

 魔木は特定の国にしか自生しない、魔力を持った木だ。
 レファンヌ公国では周辺の土壌の栄養を吸い取り、伐採してもすぐに生えてくる厄介な木だ。けれど、利点もある。枝を切り落とせば魔力は消えるため、普通の木と変わらないように加工ができる。したがって、木材の資材だけは豊富なのだ。
 木の品質も中の上ぐらいで取り引きされるので、数少ない輸出品としても一翼を担っている。とはいっても、取引量はそんなに多くないというのが現状だ。ちなみに、魔木の関連事業は民間に委託している。

「まぁね。でも、何か有益なことがわかったら教えてくださるらしいわ。あまり当てにはしていないけれど、父上と母上も特に問題はないと言っていたから、しばらくは様子見ね」
「大公夫妻がそうおっしゃるのであれば、私からとやかく言うことはありませんね。ところで、姫様。水やりの代わりは明日からでよいのですか?」

 鉢からは余計な水が出て、バルコニーを濡らしている。土の表面はしっかりと湿り、葉は瑞々しい。

「そうね。今日のぶんは終わったし、明日からは書き入れ時だし、しばらくお願いするわ」
「承知しました」
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