転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 二週間後は、季節に合わせた特別ツアーが開催される予定だ。年間で一、二を争うくらいの観光客が押し寄せてくる時期でもある。
 気の早い客はすでに宿に泊まっており、来|《きた》るイベントに向けて準備している。バルコニー付きの本館の客室は半年前から予約で埋められ、キャンセル待ちの客も少なくない。
 特別ツアーは大公夫妻が主催するため、シャーリィの出番は関係各所との調整役だ。宿泊客の捌き方は例年やっているので、それほど困ることはないはずだ。
 今年の懸念事項があるとすれば、ひとつ。

(アークロイド殿下は参加されないのかしら?)

 別館のお客様は優先枠がある。ツアーに参加する意思があるなら、今からでも予定をねじ込むことは可能だ。けれど、今までの発言から考えても、それは望み薄だろう。

(何か興味を引かないと、ずっと引きこもっていそう。健康にもよくないわ)

 引きこもり皇子を引きずり出すには、何が効果的か。ツアーの客を宿に案内し終え、シャーリィは考えながら大通りを歩く。
 観光客が太鼓橋を背に写真撮影をしている。彼らの邪魔にならないように脇に避けて歩みを進めていると、視界の隅に赤髪が映った。
 初代大公の彫像を一人で見上げているのは、アークロイドの従者だった。

「ルース様ではありませんか。こんなところでどうなさったのです?」

 シャーリィが近づくと、ルースが振り返る。そして、重いため息をこぼした。

「主に一人にしてほしいと暇を出されたのだ」

 ふっと右を見る横顔は哀愁が漂い、何か言葉をかけねばという思いに駆られる。だが、今までほとんど会話をしてこなかったため、最適な話題が見つからない。
 シャーリィは自分の非力さをかみしめ、できるだけ傷口に塩を塗らないように気をつけながら、そっと問いかけた。

「アークロイド殿下はどちらに?」
「部屋で休まれている」

 即座に返ってくる言葉は素っ気なく、それ以上の会話を拒んでいる様子にも見える。

(本当はすぐに立ち去るのが礼儀なんだろうけど、これは考えようによっては好機でもあるのよね)

 主抜きで、従者の意見を聞き出すには絶好の機会だ。すぐさま頭を切り替えて、シャーリィは慎重に言葉を選ぶ。

「……あの、ルース様にお伺いしたいことがあったのです」
「何だ?」
「アークロイド殿下は、人が多いところはあまりお好きでないですよね?」

 ツアーにも参加せず、部屋で過ごす様子から見ても、他人と距離を置きたいのは明らかだろう。その原因は祖国での跡目争いにあるのか、もともとの性分なのかはわからないが。
 ルースは眉を少し寄せたものの、すぐに言葉が返ってくる。

「……まぁ、今はそうだな。だが、ここは自分に無関心の人ばかりで、気が楽だとおっしゃっていた」

 今は、ということは以前は違ったということだろうか。

(そういえば、完全に人嫌いというわけでもなさそうよね。従業員にも挨拶してくれるし)

 ならば、迷惑にはならないだろう。そう判断し、シャーリィは口を開く。

「では、星祭りに誘っても問題ないでしょうか?」
「星祭り? 何だそれは」

 レファンヌ公国では有名なお祭りだ。祭り前の今はポスターもあちこちに貼られている。まさか知らないとは思っていなかったため、一瞬、言葉を失う。
 けれど、ルースにとっては純粋な質問だったようで、ジッと答えを待っている。

(うう。あまり知名度がない事実にショックが隠せないけど、知らないなら知ってもらえばいいのよね。うん)

 無理やり自分を納得させ、シャーリィは営業用スマイルで解説する。

「二週間後に開催される、初夏のお祭りです。レファンヌ公国にしか生えない黒い魔木には不思議な性質がありまして、星祭りの夜だけ虹色に光り輝くのです」
「それはすごいな」

 すごい、という感想に、内心そうでしょうと頷き返して、胸を張る。

「例年、これを目当てに来るお客様も多いぐらいです。花火もあげて、大々的に祝うのですよ。せっかくですから、お祭り気分だけでも味わっていただければと思いまして」
「わかった。私から伝えておこう」
「ありがとうございます」

 ルースに言づてを頼み、シャーリィは踵を返す。
 とりあえず、今できることはやった。あとはアークロイド次第だろう。
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