転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 ツアー客と一緒に食堂へ向かうと、テラス席に座るアークロイドとルースの姿を見つけた。日替わり定食Bセットが載ったお盆を手に、彼らの前に立つ。

「ご一緒してもよろしいですか?」
「……好きにしろ」

 ご厚意に甘えることにして、アークロイドの横に座る。いただきます、と手を合わせて豚汁から箸をつける。野菜の甘みと豚肉のうま味が絡み合い、お椀を傾ける。
 アークロイドはカツカレー定食を無言で食べており、ルースはどんぶりをかきこんでいる。シャーリィは生姜焼きを一口食べながら、雑談を始めた。

「魔木の研究は順調ですか?」
「……なんでお前が知っている?」
「料理長から聞きました。魔木の資料を集めて調べていると」

 質問に答えただけなのに、アークロイドは眉を寄せて押し黙ってしまう。何が機嫌を損ねたのだろうと思うけれど、その理由が思いつかない。 
 でも、この重い空気のまま食事をするのは気が引ける。シャーリィは会話を続行させるべく、わざと明るく言う。

「それで、何か発見はありました?」
「……そう簡単に見つかったら苦労はしない」
「それもそうですね」

 アークロイドが食べ終わったのを見計らい、ルースが立ち上がり、二人分の食器を片付ける。その様子を見ながら、シャーリィは細切りされたキャベツを口いっぱいに頬張る。

「……美味しそうに食べるんだな」
「美味しいですよ? このジューシーなお肉も食べごたえがありますけど、キャベツにかけてあるドレッシングも爽やかな味で食事が進みます」

 ご飯が進むのはいいことだ。お肉とご飯を交互に食べていると、ルースが食後のハーブティーを持って戻ってきた。
 アークロイドが少し冷ましてから口に含むのを見て、シャーリィはかねてより疑問だったことを聞くことにした。

「なんで魔木を研究しようなんて思ったんです?」

 海の大国から見れば、魔木は珍しいかもしれないが、温泉旅行中にわざわざ研究材料にしようとする人は少数だと思う。
 アークロイドの態度を見た限りでは、研究の成果は芳しくないのだろう。けれど、料理長からこの話を聞いたときから、ずっと疑問だったのだ。
 この国の人間ならともかく、他国の人間には利はないのではないかと。
 シャーリィの問いに、アークロイドは痛いところを突かれたように視線をそらした。

「お前が……」
「シャーリィです」
「一体なんだ」

 言葉を遮られたことで苛立った様子を見せるが、シャーリィは譲らない。

「名前ですよ。わたくし、ちゃんと名乗ったはずです。……一緒にアップルパイを食べた仲ではありませんか。そろそろ、きちんと名前で呼んでくださいませ」
< 20 / 94 >

この作品をシェア

pagetop