転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 本当はそこまで親しくなる必要はない。客と従業員なのだから。
 名前で呼んでほしいと思ったのは、シャーリィのわがままだ。いつもなら頓着しないはずなのに、アークロイドにはわがままを通したくなった。正直、自分でもわからない。
 困惑した様子で口を開け閉めしていたアークロイドだったが、覚悟を決めたのか、細く息を吐き出す。

「……シャーリィ」
「はい。殿下」
「だったらお前……シャーリィも殿下と呼ぶのをやめろ。ここはトルヴァータ帝国ではないし、俺は国賓でもない。ただの客と従業員だ」

 殿下呼びを禁止されるとは思っておらず、面食らってしまう。
 だが、アークロイドは真顔だ。これは不敬だからという言い訳は聞いてもらえない。困ったことになったと、ない知恵を絞る。

「じゃあ、えーと……アークロイド様?」
「まあ、そのあたりが妥当か」

 満足そうに笑う顔を見て、緊張の糸を緩める。

「ふふ。なんだか、前より親しくなれたみたいで嬉しいです」

 ジッと見つめると、アークロイドが照れたように視線をさまよわす。その後ろで控えていたルースが三白眼でシャーリィを射る。

(うっ。なんだろう。圧力を感じるわね……)

 これがジェラシーだったら可愛げがあるが、敵認定だったらどうしよう。一人焦るシャーリィをよそに、アークロイドが空咳をして皆の注意を引きつける。

「……話を戻すぞ。……魔木の研究についてだったか」
「あ、はい。そうですね」

 シャーリィが頷くと、アークロイドがテーブルに両肘をつき、両手を重ねる。

「この国では作物が育たないと言っただろう? もし魔木の力を弱められたら、普通に畑で収穫ができるかもしれない。そのために調べていた。自給自足ができれば、俺も新鮮な野菜が食べられるしな」

 言われたことを反芻し、青天の霹靂とはこういうことかと思った。
 夢のような話に前のめりになり、尊敬の眼差しを送る。

「……素敵です! ぜひその方法を編み出してください!」
「話を聞いていなかったのか? まだ見つかっていない。そもそも、そんな方法があるのかも怪しい。さっき言った話はすべて仮説にすぎない」
「でも、実現できたら画期的です!」
「……そうだな。まあ、期待せずに待っていろ」
「はい!」

 元気よく返事をすると、アークロイドはハーブティーを飲み干してから口を開いた。

「そういうシャーリィのほうはどうなんだ? 苗は元気か?」
「あ、はい。茎はだいぶ大きくなりました。小さいながらも、いくつか実もつきましたし。まだ色は緑ですけど、赤くなったら収穫できると思います」

 米粒ほどの大きさを指でつまむようにして、現在のミニトマトの生育具合を報告する。

「そうか。収穫が楽しみだな」
「ええ、それはもう! 毎朝の水やりがこんなにも楽しいなんて。アークロイド様には感謝しても全然足りないくらいです」
「そ、そうか……」

 呆気にとられるように引き気味だったが、シャーリィは笑顔で会話を締めくくった。
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