転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 今日は朝から忙しい。
 ツアーの最終調整や温泉宿の飾り付けのチェックなど、仕事は探せばいくらでもある。ツアーに参加しない旅行客にもチラシを配り、屋外施設の催し物を案内する。
 外に出ると、温泉街の周囲は屋台の設営作業が進められていた。その間を駆け回る子どもの姿を見ながら、本日の団体客のスケジュールをまとめた冊子をめくる。

(えーと、午後からは少女歌劇団の舞台と歌姫の催しでしょ。夕方は大公夫妻主催のディナーショーで、最後は花火でフィナーレと)

 迷子客の確認や食材の不足がないかなど、見回りも必要だ。

「ったく、シャーリィ! 探したんだぞ」
「……テオ。どうしたの?」

 純白のシャツとベストに青いタイを結んだ青年が、眉をつり上げて走ってくる。ズボンは紺色だが、白を基調とした制服は温泉宿の従業員共通のものだ。
 前髪を左右に分けた若葉色の髪はさらさらストレートで、つり目がちの黄色の瞳はまっすぐにシャーリィを見据えている。

「宣伝用の写真撮影があるって言ったはずだ。お前がいなければ、話にならん!」
「ごめん、忘れてた。今行く!」

 番頭のテオは、客の案内から宿全体の管理までを担う係で、特に広報に力を入れている。早足で突き進むテオの後ろに続き、客室の一室へと急ぐ。
 テーブルには来月用の御膳がすでに並べられており、カメラマン役のクラウスが眼鏡を押し上げて待っていた。
 榛色の長髪を後ろで束ね、切れ長の茜色の瞳がシャーリィを見下ろす。三十代後半のはずだが、二十代半ばにしか見えない。色白の肌は気弱な印象を与えるが、サービス残業がデフォルトの仕事人間だ。
 というのも、クラウスはレファンヌ公国観光課長官で、シャーリィの直属の上司にあたる。しかし、シャーリィは温泉宿の経営にも携わっているため、ここで打ち合わせすることが圧倒的に多い。
 遅れた詫びに頭を下げようとすると、先に手で制された。

「今は時間がない。シャーリィは左側で笑顔!」
「はい!」

 早速指示が飛び、言われたとおりにする。レンズが縦に二つ並んだ旧式のカメラを構え、次々にシャッターが切られる。
 テオがそっと退室していくのを横目で見ながら、撮影会は進んでいく。やがて満足したものが撮れたのか、クラウスがカメラのファインダーから視線を上げた。

「星祭りの進行チェックを兼ねて、私は写真撮影をしなければならない。シャーリィは第六皇子の案内だったか?」
「はい。ツアーの参加は見送られましたが、ルース様から正式に見学希望の要望をいただいています。顧客満足度向上のため、誠心誠意、見どころをご紹介する予定です」
「そうだな。あの方は長期滞在の上客だ。これだけ盛大に催す一大イベントで、何もしないわけにはいかない。しっかり職務に励むように。大公夫妻の補助は私たちが引き受けよう」
< 22 / 94 >

この作品をシェア

pagetop