転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 星祭りでは、観光課の職員が全員出払う。片手で足りるほどの人員しかいないが、他の部署からの応援もあるはずなので、なんとかなるだろう。

「皇子を放置しすぎるのもよくない。あとのことは他の者に任せ、君は皇子の元へ急ぎ向かいなさい」
「かしこまりました」

 クラウスはカメラを大事そうに抱え、部屋を後にする。何せ、カメラはこの国では高級品なのだ。国から支給されたカメラは外国製の中古品で、もし壊したらと思うと誰もこわくて触れない。よって、もっぱら長官自らがカメラマンとなっている。
 シャーリィが廊下に出ると、クラウスが廊下を歩いていた女性スタッフを捕まえ、食器の片付けを頼んでいるところだった。
 その横を目礼して通り過ぎ、渡り廊下を通って別館へと急ぐ。

(アークロイド様はお部屋にいらっしゃるかしら?)

 最上階のドアの前に着いて、深呼吸する。当然ながら廊下には誰もおらず、ここは外の喧噪が遠く感じる。
 ドアを控えめにノックすると、誰何の声がする。

「誰だ。名を名乗れ」

 やや低いけれど、聞き取りやすい声はルースだ。シャーリィは背筋を伸ばして答える。

「シャーリィです。お迎えに上がりました」

 声を張り上げると、ドアが静かに開く。そっと足を踏み入れると、ルースが真顔で立っていた。祭りの賑わいで警戒しているのか、三白眼の眼光がいつもより鋭く感じる。
 萎縮しながら部屋の中央まで行くと、窓際の椅子で読書をしていたアークロイドが立ち上がった。
 見慣れた館内着ではなく、水色のグラデーションのシャツに紺のベスト、布地がゆったりと膨らんだ白のズボンを穿いている。ところどころ金の糸で蔦や瑞鳥が絡み合い、凝った意匠が刺繍されている。異国風のデザインだが、肌に馴染んでいるようで、いつもより三割増しに見える。

「……今日は、トルヴァータ帝国の衣装なのですね」
「外に出るのだろう? ここの室内着は着心地がよいが、あれで出歩くわけにはいかないからな」
「よくお似合いです」

 素直に褒めると、アークロイドが一瞬硬直した。だが、さすが第六皇子なだけあって、すぐに持ち直して咳払いをした。

「……着慣れているからな」
「それもあると思いますが、トルヴァータ帝国の衣装は華やかでいいですね。染色の方法も違うようですし、わたくしも異国の服を着てみたいです」
「……別にうちの国でなくても、シャーリィは何を着ても似合うだろう」
「それを言うなら、アークロイド様は見目がよいですから、どれでも着こなせるのではありませんか?」
「そんなことはない」

 むっとした口調で言われ、シャーリィは口を噤む。褒めたつもりが、不興を買っては元も子もない。アークロイドは窓の外に視線を移し、話の矛先を変えた。

「今日はどこへ行くんだ?」
「まずは中央広場ですね。星祭りの日は各国から行商が集まるので、普段は並んでいない商品が売られていることも多いんですよ」
「ほお……それは興味深いな」
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