転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 本館は宿泊客や観光客で忙しないが、特別料金を払う別館のロビーは静かだ。ドアベルがついた扉を開け、外に出る。
 馬車のステップから、紳士に手を引かれて降りてくる淑女の姿もちらほらと見える。外国の上流貴族だろう。人が押し寄せる中でも優雅な微笑みを見せ、まさに淑女の鑑だ。

「これは……すごい人だな」
「それはそうです。今は観光客が特に多い時期ですからね」
「わかっていたつりもだが、予想以上だ」
「はぐれないでくださいね」

 シャーリィが先頭になり、人の波の隙間を縫うようにして温泉街をくだって、中央広場へと出る。中心にある時計台の近くでは、風船を持った男性が子どもにカラフルな風船を渡している。そのそばでは花売りの少女が籠を持って歩いている。
 遠くの通りにはレンガの家々が建ち並び、カラフルな三角の屋根が続いている。

「露店が多いな。確かに普段見たことがない外国の商人もいるようだ」
「順番に見ていきますか?」
「ああ。そうしよう」

 ござの上に商品を置いた老人のところでは、鮮やかな絹織物が並べられている。涼しげな紗の羽織もあり、これからの季節にもよさそうだ。しかし、アークロイドは眺めるだけで手に取るようなことはしない。
 彼の視線は、隣の鉱石を扱う店に移っていく。

「いらっしゃい! アクセサリー加工も承っているよ」

 陽気な主人が話しかけ、アークロイドは会釈を返したかと思えば、気難しい表情で青みがかった紫の鉱石を手に取って眺めている。

「これはあまり流通していない鉱石だな……」
「お。お客さん、お目が高いね。マグフォー鉱山で採れた鉱石だよ。少数しか販売できないから、こうした特別な市場でしか売っていないんだ」
「確かに物はいいが、金額はだいぶ高いな」
「ははは、こっちも商売だからな。希少性の高いものはどうしたって高くなるさ。どうだい、連れのお嬢さんにも似合うと思うが」

 店主がシャーリィを見て、にかっと笑う。とっさに言われた意味が理解できず、ぽかーんとしていたが、慌てて両手を振って否定する。

「わ、わたくしは違います。そういうのではなくて、ただの付き添いなのでっ!」
「……そうかい、それは残念だ」

 叱られた子犬のように落ち込む様子に、シャーリィは申し訳なくなった。一方のアークロイドは鉱石をそっと元に戻し、口を開く。

「珍しいものを見せてもらった。また機会があれば寄ろう」
「今度は買っていってくれよな!」

 愛想笑いで店から離れた後、シャーリィは先を行くアークロイドにこっそりと問いかけた。

「よかったんですか? 気になるものがあったんじゃ……」
「いや、図鑑でしか見たことがない鉱石があったから手に取っただけだ。今のところ、アクセサリーは贈る相手もいないしな。必要に迫られない限りは買う予定はない」
「そ、そうですか」
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