転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 ゆるやかな坂を上り終えると、白亜の宮殿がその全貌を現す。
 屋根もすべて白で統一された建物は、中央にドーム型のホールを挟み、左右対称になっている。噴水はないが、小さいながらも庭園も整備されている。
 宮殿の前にそびえ立つ門を守るようにして立つのは二人の騎士。けれど、ミュゼはおらず、代わりに年配の騎士がいかめしい顔つきで立っている。
 足音に気づいたのだろう、フランツがこちらを見て敬礼する。続いて横にいた騎士も敬礼し、シャーリィは微笑みとともに手を振る。

「公女殿下、そちらは?」

 フランツが緊張した面持ちで尋ね、シャーリィは体を横にずらし、後ろに控えていたアークロイドを紹介する。

「トルヴァータ帝国第六皇子、アークロイド殿下と従者のルース様です。わたくしの客人です」
「失礼いたしました。どうぞお通りください」

 頭上よりはるかに高い門が開かれ、シャーリィは先を歩く。
 夜の花が咲く庭園を通り過ぎ、裏道に出る。宮殿からの灯りはここまでは届かない。知る人ぞ知る細道を記憶を頼りに進んでいくと、小高い丘に出る。

「……どこまで行く気だ?」

 アークロイドのつぶやきに、シャーリィは足を止めずに口を開く。

「もう少しで着きます。観光客がごった返す中だと落ち着かないでしょう? 今から行く場所は穴場なんです」
「俺たちが入って大丈夫なのか?」
「わたくしがいれば平気です。それに、こんな日に誰も来ませんよ」

 丘の上には東屋が建っている。藤棚には無数の紫の花房が垂れ下がり、その合間にランプが吊り下げられている。藤によく似た花は魔力を持った外来種で、光ることはないが、稀少のため宮殿でのみ栽培されている。
 ベンチのそばには、菫色の髪を高く結い上げた女性騎士が待っていた。シャーリィに気がつくと、頭を垂れる。

「姫様。お待ちしておりました」
「ミュゼ、頼んでおいたものは用意できた?」
「もちろんでございます。フランツに内緒で用意するのはドキドキしましたが、たぶんバレていないと思います」
「ふふ。二人だけの秘密だものね」

 女だけの話し合いを終え、シャーリィはアークロイドに席を勧めた。木製のテーブルの上にはすでにテーブルクロスがかけられており、ティーセットの準備も万端だ。
 拍子抜けしたようにアークロイドが着席し、主君の背中を守るようにルースが両手を後ろで組んで立つ。
 ミュゼは無言で瓶漬けのレモンを取り出し、ティーカップの中にそっと入れる。そしてティーポットから紅茶を注ぎ入れ、各自の席へカップを置いた。

「姫様。それでは、私は職務に戻ります」
「ありがとう」
「いえ」
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