転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
早起きは慣れるまでは苦痛だったが、一ヶ月もすれば、アラームなしで起きられるようになっていた。早起きは三文の徳という言葉通り、最近は体の調子もいい。
毎朝、おはよう、と声をかけて水やりをすると、心なしか野菜も応えてくれている気がする。彼女が選んだ苗はすくすくと育ち、幸い病気や害虫にやられることなく過ごしている。
はじめは戸惑った水やりも、なんとなくコツがつかめてきた。ミニトマトは初心者向けらしく、芽かきをしなくても大丈夫というのも心強かった。友人いわく、慣れてきたら、わき芽は摘んだほうがいいらしいけれど。
「緑だったトマトが色づき始めている……」
無事、実がついて喜んでいたが、なかなか色が変わらないから心配していた。慣れないながら液肥も週に一回やっていたけれど、何かやり方を間違えたかと最近は不安だった。
けれど、大きく育った丸い実はオレンジになっている。このぶんなら、いずれスーパーに並んでいるように赤く色づくのも遠くないだろう。
「よかった。毎日の水やりは無駄じゃなかった」
ホッと胸をなで下ろし、窓を閉める。
友人の言っていたことは間違いではなかった。最初はなんて面倒なことを押しつけられたのだと思っていたが、毎日接していくにつれて、自然と愛着が湧いていた。
背丈が伸びる様子を見ていると、植物の生命力を否応なく実感してしまい、自分も頑張らなきゃと勇気づけられる。
鉢がひとつ増えただけなのに、心の充足感が違う。
朝ご飯の支度をしながら、友人のありがたみを再認識する。低血圧な朝はご飯を食べる気力もなかったが、今は違う。通勤時間にも余裕があるから、朝ご飯もしっかり食べるようになっていた。
おかげで、つらかった仕事もそれほど負担に思うことがなくなり、数少ない同期や先輩と会話を楽しむ余裕も戻ってきた。
初めての収穫の時を楽しみにしながら、野菜スムージーをごくりと飲み干した。
*
「はあ……まさか、まだ食べちゃだめだったなんて」
ヒールを鳴らして、駅までの道を歩く。自転車に乗った男子高校生に追い越されながら、はあ、とため息をついた。
先日、とうとう我が家のミニトマトが赤く色づいた。ここまで二ヶ月。いそいそと園芸用はさみで初収穫をし、水洗いをしてからパクリと一口で食べた。
しかし、舌が記憶していた味とはほど遠く、ちょっと硬かった。急いで友人にヘルプのメッセージを送ると、熟してから食べなさい、とすぐに返信が来た。
「そんなの聞いてないよ……赤くなったら食べられると思うじゃん、普通」
期待していたぶん、落胆は大きかった。丹精込めて育てた苗。その味は今までスーパーで買っていたトマトとどう違うのか。
今回は熟す前に食べてしまったから、もう少し日を開けなくてはいけない。待て、をされているペットはこんな気持ちかもしれない。
遠い目で空を見上げたとき、クラクションが間近で響く。
何事かと周囲を見やれば、歩行者信号は赤になっていて、横断歩道の真ん中に突っ立っていることに気づく。
歩道にいた主婦が大声で何かを叫んでいる。何だろうと耳を澄ますが、いつの間にか、真正面にトラックが迫っていた。逃げなきゃと思うのに足がすくんで動けない。
ぎゅっと目をつぶる。まもなくして、二十数年生きた命は儚く散った。
毎朝、おはよう、と声をかけて水やりをすると、心なしか野菜も応えてくれている気がする。彼女が選んだ苗はすくすくと育ち、幸い病気や害虫にやられることなく過ごしている。
はじめは戸惑った水やりも、なんとなくコツがつかめてきた。ミニトマトは初心者向けらしく、芽かきをしなくても大丈夫というのも心強かった。友人いわく、慣れてきたら、わき芽は摘んだほうがいいらしいけれど。
「緑だったトマトが色づき始めている……」
無事、実がついて喜んでいたが、なかなか色が変わらないから心配していた。慣れないながら液肥も週に一回やっていたけれど、何かやり方を間違えたかと最近は不安だった。
けれど、大きく育った丸い実はオレンジになっている。このぶんなら、いずれスーパーに並んでいるように赤く色づくのも遠くないだろう。
「よかった。毎日の水やりは無駄じゃなかった」
ホッと胸をなで下ろし、窓を閉める。
友人の言っていたことは間違いではなかった。最初はなんて面倒なことを押しつけられたのだと思っていたが、毎日接していくにつれて、自然と愛着が湧いていた。
背丈が伸びる様子を見ていると、植物の生命力を否応なく実感してしまい、自分も頑張らなきゃと勇気づけられる。
鉢がひとつ増えただけなのに、心の充足感が違う。
朝ご飯の支度をしながら、友人のありがたみを再認識する。低血圧な朝はご飯を食べる気力もなかったが、今は違う。通勤時間にも余裕があるから、朝ご飯もしっかり食べるようになっていた。
おかげで、つらかった仕事もそれほど負担に思うことがなくなり、数少ない同期や先輩と会話を楽しむ余裕も戻ってきた。
初めての収穫の時を楽しみにしながら、野菜スムージーをごくりと飲み干した。
*
「はあ……まさか、まだ食べちゃだめだったなんて」
ヒールを鳴らして、駅までの道を歩く。自転車に乗った男子高校生に追い越されながら、はあ、とため息をついた。
先日、とうとう我が家のミニトマトが赤く色づいた。ここまで二ヶ月。いそいそと園芸用はさみで初収穫をし、水洗いをしてからパクリと一口で食べた。
しかし、舌が記憶していた味とはほど遠く、ちょっと硬かった。急いで友人にヘルプのメッセージを送ると、熟してから食べなさい、とすぐに返信が来た。
「そんなの聞いてないよ……赤くなったら食べられると思うじゃん、普通」
期待していたぶん、落胆は大きかった。丹精込めて育てた苗。その味は今までスーパーで買っていたトマトとどう違うのか。
今回は熟す前に食べてしまったから、もう少し日を開けなくてはいけない。待て、をされているペットはこんな気持ちかもしれない。
遠い目で空を見上げたとき、クラクションが間近で響く。
何事かと周囲を見やれば、歩行者信号は赤になっていて、横断歩道の真ん中に突っ立っていることに気づく。
歩道にいた主婦が大声で何かを叫んでいる。何だろうと耳を澄ますが、いつの間にか、真正面にトラックが迫っていた。逃げなきゃと思うのに足がすくんで動けない。
ぎゅっと目をつぶる。まもなくして、二十数年生きた命は儚く散った。