転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
フロントに出向くと、テオと目が合う。
顎のラインで切りそろえられた髪の隙間から、つり上がった黄色の瞳がこちらを見やる。本人は無自覚だろうが、無言で見つめられるとガンをつけているように見える。
だが、シャーリィにとっては見慣れた顔だ。今さら怖がる必要もない。
「テオ、来月の予約客はどんな感じ?」
近くに客がいないことをいいことに、フロントのテーブルに身を乗り出して尋ねる。
帳面をぺらりとめくり、テオは渋面になる。
「ぼちぼちだな。星祭りが終わったから、平常通りといえばそうなんだが。もう少し観光客を集められるような催しがあればいいが」
顎に手を当てて考える素振りをするテオに、シャーリィは苦笑した。
「それだと年中お祭りみたいになるんじゃない?」
「盛況なのはいいことだろ」
「現場は大変だよ。どこも人手不足なのに」
「それは……まぁ、そうだな。無理をして既存客に逃げられないように囲い込むしかないな」
新しい客を集めるのも大事だが、リピート客も大事にしなくてはならない。正論を前に、シャーリィも何かいい案はないかと考えこむ。
(催し物の規模が大きくなるほど、準備に人手を取られるし。準備にそれほど手間がかからなくて、なおかつ、皆が食いつくようなイベント……。うーん、思いつかないわ)
曲がりなりにも観光課の末席に名を連ねる者として、企画力は大事だ。もちろん、実現可能な範囲で。
(国土が小さいから、どうしても滞在日数が少なくなるのよね。もっとババーン! と宣伝できるようなものがあればいいのだけど)
ううんと唸っていると、何かを思い出したような声が現実に引き戻す。
「そういえば、シャーリィ。クラウスさんから聞いたぞ」
「……な、何を?」
「休日出勤はほどほどにしておけ。そのうち怒られるぞ」
「あ、う、そうね……」
あからさまに視線を泳がすと、テオがため息をつく。そちらを見やると、出来の悪い弟子に失望するような顔を向けられた。
このままだと、まずい。そう感じたシャーリィは、ぽんっと両手を重ね合わせる。
「こ、この前の宣伝ポスターはできたの?」
無理のある話題転換だったが、テオは小言を引っ込めて話に乗ってくれた。
「できたぞ。効率よく配布できるよう、乗合馬車に手配済みだ。乗り込み時に手渡してくれることになっている」
「へえ、効率的ね」
「オリーヴィアの発案だ。彼女は効率重視の考え方だからな」
「でも、とてもいいと思うわ」
今まで街頭でスタッフが手渡しする手間がなくなるぶん、他の仕事に精を出せる。限られた人数でうまく回していくためには、無駄を省くことが重要だ。
「あら、シャーリィ」
艶のある声に振り向くと、オリーヴィアがいた。
三つ編みにした銀髪を後ろでまとめ上げ、鮮やかな赤の口紅を塗った口元が色っぽい。目尻が垂れた瞳は、吸い込まれそうな青色。まっすぐに歩いてくる足取りは優雅だ。
「ちょうどよかったわ。お昼からのツアーに参加希望のお客様がいるのだけど、まだ空きはあるかしら?」
三十代前半の彼女は、女性スタッフをまとめる立場だ。
シャーリィは午後のスケジュールを思い出しながら口を開く。
「人数は何人ですか?」
「二人よ」
「それなら大丈夫だと思います。一時にフロントまでお越しいただけるよう、お伝えください」
「了解よ。よろしくね」
オリーヴィアはひらりと手を振り、颯爽と去っていく。まるで風が吹き抜けたような感覚に包まれながら、彼女の背中を見送った。
顎のラインで切りそろえられた髪の隙間から、つり上がった黄色の瞳がこちらを見やる。本人は無自覚だろうが、無言で見つめられるとガンをつけているように見える。
だが、シャーリィにとっては見慣れた顔だ。今さら怖がる必要もない。
「テオ、来月の予約客はどんな感じ?」
近くに客がいないことをいいことに、フロントのテーブルに身を乗り出して尋ねる。
帳面をぺらりとめくり、テオは渋面になる。
「ぼちぼちだな。星祭りが終わったから、平常通りといえばそうなんだが。もう少し観光客を集められるような催しがあればいいが」
顎に手を当てて考える素振りをするテオに、シャーリィは苦笑した。
「それだと年中お祭りみたいになるんじゃない?」
「盛況なのはいいことだろ」
「現場は大変だよ。どこも人手不足なのに」
「それは……まぁ、そうだな。無理をして既存客に逃げられないように囲い込むしかないな」
新しい客を集めるのも大事だが、リピート客も大事にしなくてはならない。正論を前に、シャーリィも何かいい案はないかと考えこむ。
(催し物の規模が大きくなるほど、準備に人手を取られるし。準備にそれほど手間がかからなくて、なおかつ、皆が食いつくようなイベント……。うーん、思いつかないわ)
曲がりなりにも観光課の末席に名を連ねる者として、企画力は大事だ。もちろん、実現可能な範囲で。
(国土が小さいから、どうしても滞在日数が少なくなるのよね。もっとババーン! と宣伝できるようなものがあればいいのだけど)
ううんと唸っていると、何かを思い出したような声が現実に引き戻す。
「そういえば、シャーリィ。クラウスさんから聞いたぞ」
「……な、何を?」
「休日出勤はほどほどにしておけ。そのうち怒られるぞ」
「あ、う、そうね……」
あからさまに視線を泳がすと、テオがため息をつく。そちらを見やると、出来の悪い弟子に失望するような顔を向けられた。
このままだと、まずい。そう感じたシャーリィは、ぽんっと両手を重ね合わせる。
「こ、この前の宣伝ポスターはできたの?」
無理のある話題転換だったが、テオは小言を引っ込めて話に乗ってくれた。
「できたぞ。効率よく配布できるよう、乗合馬車に手配済みだ。乗り込み時に手渡してくれることになっている」
「へえ、効率的ね」
「オリーヴィアの発案だ。彼女は効率重視の考え方だからな」
「でも、とてもいいと思うわ」
今まで街頭でスタッフが手渡しする手間がなくなるぶん、他の仕事に精を出せる。限られた人数でうまく回していくためには、無駄を省くことが重要だ。
「あら、シャーリィ」
艶のある声に振り向くと、オリーヴィアがいた。
三つ編みにした銀髪を後ろでまとめ上げ、鮮やかな赤の口紅を塗った口元が色っぽい。目尻が垂れた瞳は、吸い込まれそうな青色。まっすぐに歩いてくる足取りは優雅だ。
「ちょうどよかったわ。お昼からのツアーに参加希望のお客様がいるのだけど、まだ空きはあるかしら?」
三十代前半の彼女は、女性スタッフをまとめる立場だ。
シャーリィは午後のスケジュールを思い出しながら口を開く。
「人数は何人ですか?」
「二人よ」
「それなら大丈夫だと思います。一時にフロントまでお越しいただけるよう、お伝えください」
「了解よ。よろしくね」
オリーヴィアはひらりと手を振り、颯爽と去っていく。まるで風が吹き抜けたような感覚に包まれながら、彼女の背中を見送った。