転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 ダリアの問いに、シャーリィは言葉を濁す。

「言っても、私もそんなに親しいわけじゃないんだけど……」
「でも、シャーリィが一番接点があるでしょ。なんだっけ、鉢植え栽培……?」
「バルコニー菜園だね」
「そう、それ。一体、どういう経緯でそんな話になったの? ミュゼから聞いたときには半信半疑だったわよ。海の大国の皇子様がわざわざ用意してくれるなんてさ」

 確かに、それはそうだろう。
 一時の気まぐれだったとしても、旅行先の公女の願いを叶えてくれるなんて、普通はあり得ない。しかも相手はトルヴァータ帝国の皇子なのだ。

(働く公女も珍しいけど、アークロイド様も奇特な方よね……)

 同類とまでは言わないが、彼も特殊な例だと思う。財力と時間が有り余っていたからこその采配だろうが、もし逆の立場だったとしても、同じ施しは与えないだろう。
 シャーリィに力を貸してくれたのは、弱小国に生まれたシャーリィへの哀れみもあったのかもしれない。

「夢はあるのか、と聞かれたわ」

 あのときの会話を思い出しながら言うと、ダリアが首を傾げた。

「夢? 将来の展望ってこと?」
「うん。だから、新鮮な野菜が食べたいと答えたの。そしたら、鉢植えはどうかって提案されて。でもお金がないと言ったら、資材を提供してくれることになったの」
「へえ……なんていうか、いい人ね。アークロイド皇子って」
「苗の手配もね、至れり尽くせりで。無事に野菜が収穫できたら食べてもらう約束をしているんだけど、本当に私には救世主みたいな存在で……」

 自分にはもう無理だと諦めていたことさえ、アークロイドは救いあげてくれる。
 幌馬車が通り過ぎるのを眺めながら、ダリアは感慨深げにつぶやく。

「いいなぁ。私にもアークロイド皇子みたいなパトロンがいてくれたらなー」
「別にパトロンってわけじゃ……」
「似たようなものでしょ。それより、もうすぐ着くわよ」

 馬車はちょうど橋の上を過ぎたところで、石垣に囲まれた町が目の前に迫っていた。
 門番のいない入り口で、馭者が用意したステップを下りると、ワンピースの裾がふわりと広がる。
 人工の運河が張り巡らされた町は水の流れが近い。歩道が狭いので馬車での乗り入れはできず、町に住む人の移動手段は、徒歩かゴンドラである。
 川面に水鳥が足をつけ、涼んでいる。その様子を見ていると、カタリナがおっとりとした声で言った。

「……隣町まで来たのですから、わたくしは実家に顔を出してきたいと思いますわ……」
「あ、そうか。カタリナはこの町の出身だったね」
「ええ。なかなか帰られないものですから……」
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