転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 ツアー出発時刻の五分前。
 馬車の前で待っていると、別館からアークロイドとルースが姿を現した。

「お待ちしておりました。これから山道になりますが、馬車酔いは大丈夫でしょうか?」
「俺は大丈夫だ」
「私も問題ない」
「では、行きましょうか」

 上空にある太陽は燦々と輝き、今日も暑くなりそうだ。
 アークロイドを先頭に四輪の無蓋馬車へ乗り込み、馭者のラウルに目線で出発の合図をする。ゆっくりと車輪が回り、馬車が動き出す。

「水辺の散策にご参加くださり、ありがとうございます。わたくし、シャーリィが本日のご案内役を務めさせていただきます」
「なあ、少しいいか?」

 アークロイドのすぐ横に座っているルースもこちらを見る。二人分の視線を受け、シャーリィは営業スマイルで答える。

「はい。何でしょう」
「案内はついてからでいい。……今なら他の客もいない。シャーリィは寝ろ」
「え、ですが……今は勤務中で……」
「客の要望だ。頼むから寝てくれ。俺は外の風景を静かに見ていたい」

 ちらりと手綱をつかむラウルに視線を向けると、目尻の皺を深くして笑みを向けてくる。

(本来なら職務怠慢だけど、それがお客様の要望なのよね……)

 ぶっきらぼうに言っているが、シャーリィの身を案じてくれているのは明らかだ。
 貸し切りにしたことで、他のお客様の目もない。今ここで仮眠を取っても、全員が見ないふりをしてくれるだろう。

「…………わかりました」

 ふっと体から力を抜いたことで、どっと眠気が押し寄せてくる。

(……すごく、ねむい……)

 身体に馴染んだ振動が心地よい眠りに誘い、自然と瞼が下がってくる。
 連日の睡眠不足で、理性の防波堤は決壊寸前だ。眠りたいという欲求に抗う余力はなく、そのまま意識を手放した。
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