転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
ふんわりと膨らんだ生地をスプーンで崩すと、中からクリームシチューがとろりとあふれ出てくる。続いてスプーンですくいあげると、にんじん、たまねぎ、じゃがいも、鶏肉、きのこが熱々の状態で顔を出す。
最初は普通にシチューを食べるとどう違うのかと思っていたが、これは気分が上がる。特別感が美味しさにプラスされるのだ。
「熱いですけど、美味しいですね!」
「ああ」
横にいたアークロイドが満足したように頷く。
「そういえば、疑問だったんですけど……どうしてツアー参加は初めてなのに、あんなに顧客満足度が高かったんですか?」
シャーリィがフォークを置いて尋ねると、アークロイドがちらっと横目で見てくる。
「別に特別なことはしていないぞ」
「で、でも! 私を差し置いて、マダムたちを籠絡していたじゃないですか!」
「人聞きの悪いことを言うな。……トルヴァータ帝国で領地視察に行ったときのことを思い出して、それらしく振る舞っただけだ」
種明かしをされたものの、シャーリィは釈然としない。
いくら接待に慣れているとはいえ、いきなりホスト側が務まるとは思えない。
「まだ私に何か隠していませんか? 急な代役を完璧にこなすなんて、不自然です」
「……そう言われてもな……」
珍しく困ったような顔でアークロイドがたじろぐ。けれど、何か原因に思い当たったのか、フォークを置いて顎に手をやる。
「うまくやれていたとすれば、シリル兄上のおかげかもな」
「どういうことです?」
「昔、言われたんだ。皇族たるもの、人を使うことにも慣れなければならないが、自分ならどうやって主を喜ばせられるかを意識することも大事だと」
「それって……使われる側の気持ちをくみ取れということですか?」
シャーリィが首を傾げると、アークロイドが遠くを見つめ、懐かしむような表情をした。兄との思い出を回想しているのかもしれない。
けれど、すぐに灰色の瞳はふっと光を取り戻し、シャーリィに視線を合わす。
「まあ、そういうことだ。自分の都合ばかりを押しつけるのではなく、相手の事情も考えることができれば、お互いが楽な道がおのずとわかるだろうと。そういう視点を持つことで、見えてくるものもあるのだと」
「……本当に仲がよろしいんですね」
「兄弟同士でも派閥があったが、どこにも属していない俺は異端者のような扱いだった。俺が困っていると、いつも助けてくれたのがシリル兄上だ。そのとき、言われたんだ。いつも誰かが助けてくれるとは限らない。自分の身を守るために、必要なことを身につけろと」
身の置き場がない環境で、救いの手を差し伸べてくれた存在は一人だけだったのだろうか。シャーリィが困ったときは両親もいるし、周りの皆が助けてくれると思う。
しかし、アークロイドにはそういう存在が少なかったのかもしれない。
(思えば、皇位継承権の争いを避けて公国に来たのだものね……。私が考えていたよりずっと、過酷な状況で育ったのね)
彼は皇族だが、民の気持ちがわかる人だ。それは味方となる人が少ないからこそ、育まれた感情だろう。
「私は……アークロイド様の味方ですからねっ」
「いきなり何だ?」
怪訝そうに見られても、シャーリィはめげなかった。後ろで控えていたルースだけは心情がわかったように、深く頷いていた。
最初は普通にシチューを食べるとどう違うのかと思っていたが、これは気分が上がる。特別感が美味しさにプラスされるのだ。
「熱いですけど、美味しいですね!」
「ああ」
横にいたアークロイドが満足したように頷く。
「そういえば、疑問だったんですけど……どうしてツアー参加は初めてなのに、あんなに顧客満足度が高かったんですか?」
シャーリィがフォークを置いて尋ねると、アークロイドがちらっと横目で見てくる。
「別に特別なことはしていないぞ」
「で、でも! 私を差し置いて、マダムたちを籠絡していたじゃないですか!」
「人聞きの悪いことを言うな。……トルヴァータ帝国で領地視察に行ったときのことを思い出して、それらしく振る舞っただけだ」
種明かしをされたものの、シャーリィは釈然としない。
いくら接待に慣れているとはいえ、いきなりホスト側が務まるとは思えない。
「まだ私に何か隠していませんか? 急な代役を完璧にこなすなんて、不自然です」
「……そう言われてもな……」
珍しく困ったような顔でアークロイドがたじろぐ。けれど、何か原因に思い当たったのか、フォークを置いて顎に手をやる。
「うまくやれていたとすれば、シリル兄上のおかげかもな」
「どういうことです?」
「昔、言われたんだ。皇族たるもの、人を使うことにも慣れなければならないが、自分ならどうやって主を喜ばせられるかを意識することも大事だと」
「それって……使われる側の気持ちをくみ取れということですか?」
シャーリィが首を傾げると、アークロイドが遠くを見つめ、懐かしむような表情をした。兄との思い出を回想しているのかもしれない。
けれど、すぐに灰色の瞳はふっと光を取り戻し、シャーリィに視線を合わす。
「まあ、そういうことだ。自分の都合ばかりを押しつけるのではなく、相手の事情も考えることができれば、お互いが楽な道がおのずとわかるだろうと。そういう視点を持つことで、見えてくるものもあるのだと」
「……本当に仲がよろしいんですね」
「兄弟同士でも派閥があったが、どこにも属していない俺は異端者のような扱いだった。俺が困っていると、いつも助けてくれたのがシリル兄上だ。そのとき、言われたんだ。いつも誰かが助けてくれるとは限らない。自分の身を守るために、必要なことを身につけろと」
身の置き場がない環境で、救いの手を差し伸べてくれた存在は一人だけだったのだろうか。シャーリィが困ったときは両親もいるし、周りの皆が助けてくれると思う。
しかし、アークロイドにはそういう存在が少なかったのかもしれない。
(思えば、皇位継承権の争いを避けて公国に来たのだものね……。私が考えていたよりずっと、過酷な状況で育ったのね)
彼は皇族だが、民の気持ちがわかる人だ。それは味方となる人が少ないからこそ、育まれた感情だろう。
「私は……アークロイド様の味方ですからねっ」
「いきなり何だ?」
怪訝そうに見られても、シャーリィはめげなかった。後ろで控えていたルースだけは心情がわかったように、深く頷いていた。