転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 魂が口から出そうになりながら、シャーリィは呼び鈴を力なく押す。まもなくしてドアが開き、アークロイドが顔を出した。

「おはようございます……」

 ドアを開けたまま、視線でシャーリィに中に入るように促される。室内に足を踏み入れると、いつもいるはずのルースがいない。
 アークロイドはベッドに腰を下ろし、突っ立ったままのシャーリィを見上げた。

「一体どうした。いつになく落ち込んだ顔だが」
「アークロイド様……」
「何があった?」

 慎重に尋ねる声は優しい。シャーリィは両手を覆って泣きそうになるのをこらえ、唇を引き結んだ。

「……やられました」
「何の話だ」
「ミニトマトの話です。カラスに持ち逃げされました」

 朝の事件を報告すると、アークロイドは気難しい顔で腕を組んだ。

「……そうか、やはり防鳥対策は必要だったか」
「今朝、収穫しようと思ったら、無残にも穴だらけになっていたんですよ!」

 目をつぶると、あのときの残像がすぐに浮かぶ。心に負ったダメージは相当なものだと思う。しばらく休業したい。そのぐらいショックだった。

(今日は待ちに待った収穫のときだったのに……っ)

 まんまと空の天敵にしてやられ、悔しさは倍増だ。せっかく育ったミニトマトを守ってあげられなかった。自分は無力だ。
 しょげるシャーリィに、アークロイドは窓の外を見つめながら言う。

「つつかれたのは、ムクドリのせいかもしれないな」
「唯一残っていた実をカラスがくわえて飛び去ったんです! こんなのってないです……っ」
「そ……それは無念だったな……」

 まさか、赤く色づいたミニトマトをこの手で処分する日が来るとは思っていなかった。生ゴミ置き場に捨てたときの悲しみが思い出され、シャーリィはつぶやいた。

「鳥が……憎いです」
「憎悪をまき散らすな。今回は対策を何もしていなかったのが敗因だ。次は死守しろ」

 そうだ。まだこれで終わりじゃない。ミニトマトはまだ生きている。つまり、これから新しい実がつく可能性は高い。
 急に勇気が湧いてきて、シャーリィは足を揃えて敬礼した。

「はい師匠! 二度とここんな思いは味わいたくありません」
「……師匠ではないのだが」
「対策はどのようにすればいいか、ご教示ください!」

 アークロイドは組んでいた腕をゆるめ、両手をシーツの上に置く。目をすがめ、軽くあきれ顔だ。

「清々しいほど、他人任せだな。……ふむ、とりあえず鳥が嫌なものを設置し、実は何かで覆い隠すのが無難か」
「覆い隠すってカーテンみたいに、ですか?」
「多少つつかれても大丈夫なように、頑丈なやつがいいだろう。確か、園芸用のネットがあると聞いたことがある。もしくは、いっそ室内に隠すか、だな」

 そういえば、前世のホームセンターでそれらしきものを見たことがある気がする。

(ネットを使うなんて思いつかなかったけど、いいアイデアかも!)

 この案なら、かの鳥たちの攻撃も防げる。

「アークロイド様、そのネットを手配してください。それで迎え撃ちます!」
「鳥避けも必要だろう」
「……鳥避けって、大きな鳥のイラストとかですか?」
「とりあえず、それでいいんじゃないのか?」
「わかりました! 早速やってみますね!」

 お礼を述べて、シャーリィはフロントへと向かった。記憶が正しければ、テオは動物の絵が得意だったはずだ。さっきまで絶望しかなかったが、今はやる気がみなぎっている。
 こんなところで負けていられない。前世の野望を叶えるまで、もう少しなのだ。
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