転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 バルコニーに出て、朝の日差しに目を細めていると、小鳥のさえずりが近くの木から聞こえてくる。
 広いバルコニーの中、ちょこんと置かれた鉢の前に座り込み、白いネットを左右に開いた。日課の水やりを済ませ、鉢全体を見つめる。

「これは……なかなかの眺めね」

 たくさんの房に、色鮮やかな赤い実が重そうにぶら下がっている。緑と赤のコントラストが美しい。トマトの感触を確かめ、園芸用のハサミで房の上を切った。
 その途端、トマトの香りが鼻につんときた。

(スーパーで買ったやつだと匂わないやつだわ……これがトマトの香り……)

 ぷっくらとつやつやしたミニトマトを掲げると、太陽の光を浴びて神々しさが際立つ。
 焦る気持ちを落ち着かせながら、ミニトマトを胸に厨房へ向かう。
 コック帽を被った料理人が忙しなく行き交う中、水場を借りてミニトマトを洗う。そして邪魔にならない場所に移動し、ふーっと呼吸を整える。

(い、いよいよね……)

 いざ実食だ。ここまで二ヶ月半。トラブルにも見舞われたが、やっと収穫したての新鮮野菜をこの手にできた。
 前世からの悲願が今、叶う。改めて意識すると、武者震いまでしてきた。

(見た目は美味しそうだけど、問題は……味よね)

 これがうまくいったら、アークロイドにも試食してもらうのだ。
 シャーリィは目をぎゅっとつぶり、口を大きく開けてミニトマトを放る。

(ん……? これは……)

 思ったより皮に厚みがあり、弾力もある。プチッと実が口内で弾け、トマトの甘みが口の中に広がる。

(トマトって、こんなに甘かったんだ……知らなかった)

 少し酸っぱい想像をしていたが、これは全然違う。断然、甘さのほうが上回る。
 今まで食べてきたものは何だったのかと問いたいくらいだ。トマトのカルチャーショックだ。大事件だ。

(ううう。美味しい……美味しいよ)

 今まで苦労は無駄じゃなかった。
 静まることのない興奮を前に、シャーリィは打ち震えた。
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