転生公女はバルコニー菜園に勤しむ
 素直な返事に微笑ましくなる。旅館に入るのを見送っていると、横にいたアークロイドがオレールの背中を見ながら口を開く。

「……おい」
「なんですか?」

 呼ばれたので振り向いたが、アークロイドの表情はどこか硬い。

「今の客は、お前の婚約者か何かか?」
「いいえ。ただの常連のお客様です。三年前から、二ヶ月ごとにツアーに参加してくださっているんですよ。海の大国からお越しになるだけで大変でしょうに、よっぽどこの国がお好きなんですね」

 隣国といえども、陸路で片道二日はかかる。
 トルヴァータ帝国の首都は海沿いなので、山に囲まれたレファンヌ公国に来るまでには横に連なる山脈を避け、大きく迂回しなくてはならないのだ。
 それでもここ数十年で馬車道は整備されたので、旅はいくぶん快適にはなったはずだ。
 いつもにこにこのオレールの顔を思い出していると、脱力したようなため息が聞こえてきた。見れば、アークロイドが灰色の瞳を細めている。

「本気でそう言っているのか?」
「え? 何かおかしいこと言っていました? リピート客はこの国では珍しくないですけども。あ、でも毎回お花をプレゼントしてくれるのはオレール様だけですね」

 あれほど心優しい少年はいないと思う。
 シャーリィが一人頷いていると、アークロイドが探るような目で見下ろす。

「……彼はどういう人物なんだ」
「あ、同じトルヴァータ帝国の方だから気になるんですね? 彼は中級貴族の次男だそうですよ。確か、中立の貴族です。ご安心ください」
「…………」

 無害であることを述べるが、アークロイドの顔色は晴れなかった。
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