もふもふになっちゃった私ののんびり生活
 何故かその考えが正解な気がして、そのまま警戒もせずにその小さな扉を頭で押した。
 するとキイとすこし建具のきしむ音の後、何の抵抗もなく開いて私を室内へと招き入れていた。

 最初は外の明るさに慣れた目にはうすぼんやりしていて見えなかったが、目が慣れてくるとそこが広い台所兼居間になっていることが分かった。

「クーーン……」

 久しぶりに見た人の営みに、獣に寄っていた精神が人の方へと揺り戻される。
 ゆっくりと一歩を踏み出し、ポテポテとテーブル、イスが置いてあるキッチン、座り心地が良さそうなソファが置かれた居間を見て回った。

 ああ、家だ……。久しぶりに温かい物を食べたいな。

 でも、この小さな身体は温かい物など食べられるのだろうか。そう思うとなんとも言えない気持ちがこみ上げて来る。
 どうせこの場所は雨など降らないのだから、今まで通りに外で暮らそうか、そう前世の人としての未練を断ち切ろうと扉へ戻ろうとした時、ふいに大きな姿見に自分の姿が映っていることに気が付いた。

「キュ、キャワンッ!!」

 最初はそこに映っているのが自分だとは、分からなかった。
 鏡に映っていたのは、小さな犬のような獣。色はここからだと白っぽいとしか判別できなかったのに、口の周りが赤や紫に染まっていて、それが化け物のように見えたのだ。

 ああっ!昨日の夜も食べながら寝ちゃったし、さっきも口の周りなんて気にしてなかったから!

 誰も見てもいないのに羞恥心がこみ上げて来て、慌ててゴシゴシと口の周りを前脚でぬぐいながらペロペロと舌を出して舐める。
 何の味もしなくなってから、改めて鏡に近づいて確認してみると。

「キュゥーーーー」

 毛色は少し輝きのある白っぽい灰色で、お腹と手足や尻尾に耳の先は白い。瞳は深みのある蒼でぱっちりとしていて、耳は思っていたように狐のように大きい。

 これ、犬?チワワに感じは似ているけど、尻尾はふさふさだし何倍も長いし。いや、ここは異世界だし、知識にない動物でも何の不思議もないけれど。

 クルリと周って尻尾を見てみたり、お座りしてこてんと小首を傾げてみたり。気が付くと夢中で鏡に向かっていた。

 くーーっ。私、結構かわいいじゃないっ!自分じゃなかったら、もふもふして思う存分愛でるのにっ!神様、なんで私がもふもふなのっ!

 そう思って顔を上げた時、ソファの前の低いテーブルの上に紙が一枚置かれていることに気が付いた。

 あそこの高さなら、立ち上がれば届くかな。

 そう思った時には無意識に立ち上がってテーブルに前脚をかけ、紙を覗き込んでいた。

 後から思えば、いくらこの家の手がかりでも、私はこの世界の文字を読めないのだから見た処で意味のない物の筈だった。
 でも、その紙に書かれていたのは。

「キ、キャワンッ!!」

 神様からの私への手紙だった。

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