もふもふになっちゃった私ののんびり生活
森の端に近づくにつれ、あちこちに人の痕跡が見えるようになり、獣道のように草が踏まれた跡があちこちに見られるようになる頃には木の枝も払われて見通しが良くなっていた。
私は風を蹴って空を進んでいるから、丈の高い草や藪などもその上を通ることで一切痕跡を残していないが、人の痕跡を辿れば帰り道も迷わず帰れそうだ。
まあ迷っても、セフィーが導いてくれるけどね!最初はいきなり木の枝がガサガサ揺れるから驚いたけど。
人の歩いた痕跡を辿ってしばらく走って行くと、森の樹々の間隔が広がって来て、そろそろ森の外へ出る、という時、近くで人の気配を感じた。
お、おおっ!!十、十一年ぶりの人だ……っ!ど、どうしようっ!エルフさんかドワーフさんか、もしかしたら獣人さんかなっ!!
この世界に転生してから初めての人の気配に、気が動転して危うく風の制御に失敗して音を立てそうになってしまった。
とりあえず下に降り、そのまま気配を殺して木に隠れて様子を伺うと。
「ん?今、なんか気配がしなかったか?」
「いいや、気が付かなかったが。魔物なら襲撃して来るだろ」
「そうだな。おっ、噂をすれば来たぞ」
「おうっ!まかせろっ!!」
二十メートルくらい先に、剣と弓を持って歩いている男性二人の姿があった。
一人は中肉中背で何の特徴もなかったが、弓を持っている男性は耳が尖っている。
『おおっ!!エ、エルフ、だよね?エルフの耳はやっぱり尖っているんだっ!それに弓が得意って、本当だったんだ』
思わず興奮して気配が漏れそうになったが、何とか堪えてそのまま見守っていると。
シュッ、という音とともに矢が放たれ、少し離れている場所で「グギャッ」という声が上がった。
「よし、とどめだっ!」
そこにもう一人の男性が走り込み、剣を振り下ろした。
グチャッという音とともに何かが倒れる音がした。
「よし、倒したぞ。血抜きして持ち帰ろう」
そう言いつつ持ち上げた男の手には、耳が長い兎のような魔物が、真っ赤に血に染まって持ち上げられていた。
その赤が目に入った瞬間、ぐっとこみ上げて来るものに思わず蹲って前足で口を塞いだ。
殺されたのは魔物で駆除対象だと頭では分かっていても、目の前で生き物が殺された現場を見て、うろたえてしまった。
男性の手に吊るされているもふもふした兎のような魔物の姿に、自分を重ねてしまって気持ち悪くなる。
私は今、どちらの立場で動揺しているの?元日本人として生き物を殺すということに対しての嫌悪感?それとも獣の立場として狩られることへの恐怖から?
どちらの立場から沸いた感情かは分からなかったが、ひどく血の赤だけ目に入り、目が離せなくなる。
……考えようによっては今、こうして命のやり取りを見て良かったのかもしれない。街へ行って人と会った時、改めて慎重に行動しよう、って改めて思えたから。
やっぱり私は、この世界のことも、魔獣のことも全てが本で読んだりセフィーから聞いただけの上辺だけの知識だったのだ。
気分的にはもう帰りたいが、今日は街へ行く、と決めて出て来たのだから、今は街へ行くことだけを考えることにして、男性たちが立ち去るのを見送ってからその場を離れ、着替える場所を探すことにしたのだった。